【凛(2)】

 凛は勉強や運動も出来て、ユーモアのセンスもある。はっきりとした美しい目もとの顔立ちと、同学年の女子のなかでは高い身長も相まって、クラスどころか学校全体でも〝才色兼備の優等生〟として人気者だった。

 家族構成は、父と母の3人暮らし。

 両親が共働きで、物心がつくまえから、食事はひとりで食べることが多かった。いや、むしろ、ひとりで食べるものだった。

 中学生になり思春期を迎えた凛は、家庭環境の不満や友人たちからの羨望の眼差しに、強いストレスを感じる日々が続く。

 自分と一緒に過ごす時間の代わりを埋めるかのように、両親から毎朝リビングのテーブルの上に置かれていたのは、食事代としての現金と愛娘へのメッセージがプリントアウトされたA4サイズの紙が1枚。しかもそれは、御手本どおりの目新しくもない常套句の羅列だった。

 学校へ行けば、同級生や教師がいろいろと話しかけてくるので、しかたなく場合によっては笑顔をそえて答える。


 相手が望むように──


 期待どおりに──


 毎日、〝別の誰か〟を演じている気分だった。


 そんなある日、SNS内のゲームで知り合った仲がよい年下の女の子から、直接やり取りがしたいとサイトのアカウントへミニメールが届く。

 別に断る理由がなかったので、凛はなんの疑いもなく、通話アプリのIDを教えた。それから女の子は、そちら経由で頻繁に絡んでくるようになる。

 数日やり取りを交わしてから、女の子はなんの前触れもなしに、ある相談事をしてきた。


『みんなと比べて胸が全然大きくならないの。不安だから、凛ちゃん見てくれないかな?』

(ええっ? んー……別に見せなくても──)


 凛がその返事を打ち込んでいる間に、女の子は自分の上半身裸の、胸部分だけの画像を送信してきた。


ウソ!? 本当に送ってこなくてもいいのに……)


 とりあえず、当たり障りのない慰めの言葉を選んで返事をした凛は、この話題を早く終わらせようとしたのだが、女の子からの反応はまだ続いていた。


『それって本当? 本当にそう思ってる? わたし凛ちゃんを信じたいから、凛ちゃんの胸も見せてみてよ』


 まさかの展開に、凛は戸惑う。

 次々と画面に書き込まれていく文言に追い詰められるかたちとなった凛は、結局悩んだ末、自分の胸の画像を撮影して送信することにした。


『すごい綺麗! 形もかわいい! わたしも凛ちゃんみたいな胸になりたいな♪』


 そんな自覚はなかったけれど、同性からの称賛に悪い気はしなかった。

 だが、それだけでは終わらなかった。

 事あるごとに身体関連の相談や話題で、お互いの下着姿や裸の画像、動画すらも、かなりの数を送り合う結果になってしまったのだ。


『今度、一緒に遊ぼうよ。お父さんが車で連れてってくれるって』


 乗り気はしなかったが、送信してしまった画像や動画を消去してもらいたいと考えていた凛は、この機会に直接会って切りだそうと思い、これを承諾する。

 待ち合わせ当日──車で現れたのは、同じ友人でも莉子の父親である駿介だった。


「やあ、凛ちゃん。早く乗りなよ」


 にやけた顔とスマートフォンの画面を見せながら、運転席から楽しそうに呼びかけてくる駿介。画面に映し出されていたのは、凛の下着姿だ。


「──えっ?!」


 心臓を鷲掴みにされたような胸の痛みを感じながら、凛は急いで助手席のドアを開けて飛び乗る。それと同時に、車は静かに発車した。


「あの……どうして莉子のお父さんがその画像を?」


 言いながらシートベルトを装着するが、その手には感覚がまるでない。


「ははははは。さぁーて、どうしてだろうねぇー?」


 相変わらずのにやけた表情で車を運転する駿介。とうとう鼻歌まで聞こえてきた。

 凛は何がどうなっているのか、凄まじい勢いで頭の中を回転させて考える。


 そして、初めて気づく。


 この男に騙されていたのだと──


 その日から凛は、駿介が言うところの〝恋人同士〟の関係になった。

 どうやら駿介は中学校の入学式の時から凛を見初めていたようで、それからずっと凛を虎視眈々と狙っていたことが、事を終えて・・・・・いつも勝手に話し始める駿介の思い出話でわかった。

 この男は、自分の娘の同級生を……娘の友人をストーキングしていたのだ。


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