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【麻琴、白石親子(1)】
凛が北側ゲートへ向かってすぐ、麻琴と白石親子は、通りを挟んだ向かい側にあるケツバットン・マンションの中へと入っていった。
テーマパークで言うところの〝お化け屋敷の部類〟に入りそうなこの純和風建築のアトラクションは、小江戸や小京都をうたう観光地にありそうな、武家屋敷を彷彿とさせる造りであった。
「誰もいないね、ママ」
美郷と麻琴に手を繋がれたそのあいだで、渉が大きな声で感想を口にする。
「……そうね。みんなきっと、逃げてしまったのよ」
不安そうな顔色で辺りを見渡した美郷は、続けて麻琴の横顔を見る。
鈍色のキャスケットを浅く被った、まだあどけなさが残る少女。息子とこの少女を自分がなんとか守らなければ──けれども、ガスマスクの暴漢たちに立ち向かう勇気も腕力も自分にはない。美郷は強いストレスで、キリキリと胃が痛むのを感じていた。
やがて3人は、応接間らしき部屋にたどり着く。
一見すると高そうなデザインのソファに飛び跳ねてすわる渉をよそに、麻琴と美郷は、それぞれ立ったまま周囲を警戒していた。
「ねえ、麻琴ちゃん。誰もやって来る気配はないけれど、ほかに安全そうなところはないかしら?」
「うーん」
そう訊かれても、かくれんぼのようにして身をひそめることしか頭に浮かばない麻琴は、なんとか知恵を振り絞る。
「開いている
そう言いながら、とりあえず四方にある襖を閉めてまわった。
そんな麻琴によりいっそうの不安を感じた美郷は、これだけ大きい屋内型のアトラクションなら従業員用の通路や部屋があるのではないかと考え、今しがた麻琴が閉めた下座に設置されているソファの裏側の襖を少し開けて顔を出す。
と、板張りの廊下の突き当たりに、何か文字が書かれている扉が見えた。
「麻琴ちゃん、あの扉の奥には逃げれないかしら?」
返事を待たずに、美郷は扉へと進む。
近くで扉を確認してみれば、それは歳月を感じさせるような塗装が施された凝った作りの引き違い戸で、その中央部分に〝STAFF ONLY〟と白文字で記されていた。
引き違い戸に鍵は掛かっておらず、美郷は中へとすんなり入ることができた。
スタッフ専用なだけはあり、中の廊下や壁は和風建築とは程遠く、コンクリートが剥き出しの簡単な内装をしていた。光源も天井に蛍光灯が等間隔で一列に設置されているだけである。
やがて、美郷は何かに
この先に安全な場所があるかもしれない。そう信じて──
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