【莉子(3)】

「さあて、御開帳……」


 薄ら笑いを浮かべるポロシャツの男が、ショーツの腰部分に両手の指をとおす。

 なんの抵抗もみせることなく、ただ脱がされていくレースフリルの下着。少女のうっすらと茂る陰毛に覆われたけがれのない秘丘ひきゅうが、真夏の蒸せる外気にさらされる。


「おおっ……!」


 赤黒い目玉の下卑たけだものたちが一斉に感嘆の声を洩らす。

 それと同時に、ポロシャツ男の頭が弾けて砕けた。

 血飛沫ちしぶきが太陽の光に照らされてキラキラと深紅に輝き、舞い上がってから地面に飛び散る。

 すぐそばにいた浅黒い肌の男の顔にもそれが降りかかるや否や、背後にいた小太り男の頭も瞬時に吹き飛ぶ。

 まわりの男たちが異変に気づいた頃には、仲間たち全員の頭が割られたスイカのように弾け飛び、頭蓋骨の内容物を朱色の花々に撒き散らかしながら、次々と死んではその場に転がっていった。

 寝顔に降りそそぐ鮮血の雨で目覚めることができた莉子は、朦朧もうろうとしながらも、やがてすぐに、襲われていた事を思い出して恐怖と共に身を起こす。

 頭がかち割られた男たちが倒れるその向こう側には、血がしたたるバットを片手にぶら下げた黒いスーツ姿の若い女性がたたずんでいた。

 その女性の顔に見覚えがある。

 時悠真のマネージャーだ。


「……あなた、運がいいわね。わたしが尿意を感じなかったら、とっくに犯されていたわよ」


 血や肉片で汚れたバットを片手に、地面にすわる莉子を無表情のまま冷たく見下ろしながら淡々と語る女性に莉子は、「ありがとうございました」とあごの痛みに耐えながら感謝の言葉を伝えた。


「御礼なら、言葉じゃなくてかたち・・・でちょうだい」

「えっ……カタチ……ですか?」


 今にもふたたび失ってしまいそうなはかない意識の莉子に近づいた女性は、傍らにしゃがみ込んで顔を近づけると、わずかに微笑んでから急に唇を奪う。

 驚きのあまり硬直する莉子。

 するとすぐに、名も知らぬ年上女性の舌が貪るようにして少女の口内を蹂躙する。卑猥な音を奏でながら、莉子の舌が舐め回されてゆく。

 何が起きているのか莉子が理解するよりも早く、女性は舌を抜き取り、自分の唇をひと舐めして何事もなかったかのように立ち上がった。


「──さて、と。あなたどうする? わたしと一緒に、来る?」


 ファーストキッスだった。

 自分の初めての接吻キッスの相手が女性で、しかも、憧れの芸能人である時悠真のマネージャー……そう考えた途端、莉子の身体は震えていた。


「えっ、あの、初めてです」


 気が動転して突拍子もない事を口走ってしまったが、女性のほうはその意味をわかっているようで、感情をいっさいおもてに出さないまま、独り言をつぶやくように語りかけてくる。


「あら、それは光栄でなにより。このまま処女ヴァージンも貰いましょうか?」

「嫌ッ……だ、ダメです!」

「でしょうね。で? わたしと一緒に来るの? 来ないの?」


 相変わらずの冷たい無表情な顔で、女性は莉子に問いかけを繰り返す。

 日常とかけ離れ過ぎた出来事が、あまりにも連続して起きていた。

 まだ莉子の頭は混乱していたものの、このままひとりでいるよりは彼女と一緒に行動をするほうが賢明だと、生存本能がひとつの選択肢にたどり着く。


「ついて行きます……お願いします、助けてください!」


 ずり下ろされたショーツやショートパンツを膝立ちで元の位置に直しながら、莉子は相手の目を見て返事をした。


「わかったわ。でも、そのまえに──」


 後ろ向きで数歩下がってから膝丈のタイトスカートをめくり上げた女性は、穿いているストッキングとショーツをずらしてその場にしゃがみ込む。そしてなんと、放尿を始めた。

 突然始まった排尿行為を目の当たりにして莉子は固まってしまったが、彼女が先ほど言った「尿意を感じなかったら」という言葉を思い出して一応は納得する。

 なぜか用を足している最中、彼女は莉子の顔をずっと見ていた。奇妙な事に、自分も見ていなければいけないような空気を感じたので、しばらくのあいだお互い見つめ合った。

 排尿を終え、まるで何事もなかったかのようにして去っていく彼女に、莉子も慌てて立ち上がり後を追う。

 黙々と歩く背中を眺めながら、命の恩人である、ちょっとおかしな──いや、かなり風変わりな女性マネージャーの名前を、これから行動を共にするなら聞かないわけにはいかないと、思いきって莉子は訊ねてみることにした。


「あの……わたし、莉子っていいます……」


 後ろを三歩下がってついてくる少女に、女性は急に立ち止まってきびすを返す。

 上着のポケットからアルミ製の小さなケースを取り出すと、「はい。これ、あげるわ」淡々とした口調で中から名刺を1枚抜き、それを片手で差し出した。



 芸能プロダクション 

 クリーンアップエンタテインメント


 マネージャー ハバキ・ナツミ



 片仮名だらけの名刺だったが、何よりも、マネージャーなのに芸名みたいな名前表記なのは芸能関係者ならめずらしくないものなのかと、莉子はとりあえず訊かないで勝手に納得をする。


「あの、ナツミさん。ほかにも……友達や家族が園内ここにいるんですけど、みんなを探したくて……その……」


 手渡された名刺から顔を上げてそう告げるが、ナツミの表情は相変わらずの冷たいもので、莉子の要望には何も答えず、ふたたび前へと歩きだした。

 確かに、ついてくるのかと訊かれて一緒に行動を共にしているだけなので、ナツミには莉子を手助けする義務などまったくない。だが、同級生たちや父親のことも気が気ではなかった。

 鼻をすすってまだ痛む顎をさすれば、腫れて大きく膨らんでいたので、莉子はよりいっそう悲しい気持ちになってしまい落ち込んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る