【莉子(2)】

 東京ケツバット村の敷地面積は案外広く、パンフレットに記されているアトラクションによっては、そこへ向かう移動距離は相当なものだった。

 観覧車もその一つで、正面ゲートから見えていた限りでは近くに感じられていたが、いざ近くまで来てみると、ほかのどのアトラクションも目視できないほど遠くに建てられていた。


 ゆっくりと無人で動く観覧車をひとり見上げて、莉子は、真夏の暑い陽射しに目を細める。

 午前よりもぎらつく太陽。いつもなら日焼け止めを塗り足すところだが、こんな事になってしまった今では、とてもそんな気分にはなれない。

 きしむ観覧車と遠くから聞こえる蝉の声を背中に受けて、莉子は煉瓦の歩道をあてもなく進んでいく。

 同級生クラスメイトや父親を探してはいるが、いまだに見つからず、かといって正面ゲートがあるほうへ向かうと、黒い戦闘服姿の男たちがバットを片手に通せんぼをしていて近づけなかった。


「はぁ……」


 歩きながら深いため息をつけば、微風そよかぜがサイドで結ばれたポニーテールを生暖かく撫でたので、莉子は誘われるように風上を見る。青空は絵に描いたような入道雲が大きく浮かぶ、まさに夏そのものといった景色だった。

 あらためて周囲を見てみるが人影はどこにもなく、莉子にはまるで、地球上で自分だけが取り残されたみたいに感じられてしまい、ただ、寂しさと不安が増しただけで終わった。


(みんな無事なのかな……スマホが使えないと、何もわかんないよ……)


 煉瓦造りの歩道を道なりに進んでいると、動物の鳴き声のような物音が一瞬だけ聞こえた気がした。驚いた莉子は警戒しつつ、辺りを注意深く見渡す。

 するともう一度、甲高い鳴き声が夏咲躑躅の茂みの向こうから聞こえた。

 怖さはあるが、もしかしたら仲間たちかもしれないと思った莉子は、恐る恐る声が聞こえた茂みに近づいて様子をうかがう。

 近づけば近づくほど騒がしくなり、動物の鳴き声かと思っていたのは、女性の声だとわかった。

 わかったのは声の正体だけではなく、状況も、女性が何をされているのかもわかってしまった。

 夏咲躑躅の茂みの中では、あのガスマスクを被った男たちではない、来園客と思われる男たちに取り囲まれた女性が地面に強引に押さえつけられ、口や手足の自由を奪われて横たわっていた。

 その女性に、尻を丸出しにした男が代わる代わるのし掛かり、腰を激しく打ちつけていたのだ。

 いったい何が起きているのか──それは、思春期の少女でも十分に理解ができるほどの凄惨な光景だった。

 莉子は瞬きも忘れ、両手で口もとを隠しながら後ずさるが、恐怖のあまり身体を強張らせて尻餅を着いてしまった。

 頭の中で〝助けなきゃ〟と〝逃げなきゃ〟という言葉が、凄まじい速度で竜巻のように渦を巻く。


 助ける……どうやって?


 何人もの大人の男を相手に、わたしひとりが勝てるわけがない。


 逃げる……本当に?


 襲われている女性を見捨てて、自分だけが助かってそれでいいの?


 そうだ! 助けを、助けを呼びに……!


「うひょー! ここにも女がいたぜ!」


 渇いた喉へ一気につばきを飲み込み、なんとか立ち上がろうとする莉子を、下半身をあらわにした若い男が見つけて仲間たちに知らせた。


「えっ…………嫌、イヤ、いやだ……来ないで、お願い……いやッ……痛い!」

「ヒャッハッハッハッハ! おーい、次が見つかったぞぉ!」


 その若い男は、莉子のサイドポニーテールを鷲掴みにして無理矢理に立たせると、仲間たちが待つ夏咲躑躅の茂みへと引きずり込んだ。


「きゃあ!」


 朱色の華が咲き乱れるおりへと放り投げられた莉子は、すぐ隣で横たわる着衣が激しく乱れた女性と目が合った。

 女性の口もとは鮮血で汚れ、瞳には生気がまるでない。一目で死んでいるのがわかった。


「おおっ! グッドタイミングだね。ちょうど、この女が舌を噛みきって死んだところだったんだよ」

「なんだよ、まだ子供じゃんか! でもまあ、やるけどねオレ」

「興奮するねぇ。おじさん、キミみたいな若いが大好物なんだよ」


 倒れた莉子のまわりを取り囲む男たちが、口々に耳を覆いたくなるような言葉を投げ掛けてくる。


「やめて……やめてください……お願い、助けて!」


 命乞いをする少女に、性器を丸出しにした大人の男たちが次々に群がる。間近でよく見れば、男たち全員の目玉は不気味なまでに赤黒く変色していた。


「ハハハハ、そそるねぇ! これから仲良く楽しもうぜぇ!」


 濃紺のポロシャツを着た男が、寝そべる莉子の太股を強引に押し広げ、白いショートパンツのファスナーを下ろし始める。


「い、いやッ──やめろよ、変態!」

「ああ!? うるせぇぞ!」


 抵抗する莉子の頬に、強烈なこぶしが振り下ろされた。

 鈍い音と今まで体感したことのない衝撃が脳を揺らし、殴られた莉子は、何が起きたのかすぐに理解するができなかったが、良からぬことが現在進行形で行われているのは理解ができた。


「黙れよ、マセガキ! こんな男を誘う服を着やがってよ!」


 莉子の左腕を押さえつけるTシャツの若い男が、莉子の胸を激しく揉みながら吐き捨てるように叫ぶ。



 違う……違う……


 これはファッションで、そんな意味なんてない……



 殴られた痛みで薄れる意識の中、莉子は今朝の出来事を思い出していた。

 出発の準備をする莉子の服装を見た母親が、そんな露出の多い格好はやめなさいと注意をしてきたのだ。

 まだ中学生の女の子が肩をそんなに見せるものじゃない──太股やお尻が強調されるショートパンツにもケチをつけてきたので、その時の莉子は、


「これはファッションで、可愛くみせるには必要なの。それに、みんなもやってるし」


 そう抵抗して母親に反発した。


 だが、今は違う。


 母親の警告は正しかった。

 黒と白の縞の入ったオフショルダーの洋服を乱暴にめくられながら、莉子は痛感していた。控え目のレースフリルのブラジャーが暑い陽射しに照らされ、まばゆい純白の輝きを放つ。

 毒牙がもう、そこまで迫っていた。


「たまんねぇな……さっき射精したばかりだけどよぉ、もうギンギンだぜ」

「そうか? 色気のない下着でオレは萎えそうだがな。おい、早く剥ぎ取っちまえよ!」


 右腕を押さえつける浅黒い肌の男と、その後ろに立つ小太りの中年男が、鼻息と語気を荒くしてそう話すのが聞こえる。



 なんで……なんで、こんなことに……


 遊園地に遊びに来ただけなのに、どうして、わたしはこんな目にあっているんだろう──



 口に広がる鉄のような味を舌に感じながら、莉子はすべてを諦めて無気力に陥っていたが、すぐに抵抗する意識が芽生え、力の限り暴れだす。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ! やめろよ! 離せ! 離せよ、クソ野郎ッ!」


 抵抗する莉子の身体に、無情にも次々と男たちの腕が伸びてくる。頭や口、手足を容赦なく押さえつけ、いくつものギラギラとした赤黒い目の熱視線が、横たわる少女の肢体を射抜いて犯す。

 莉子もがむしゃらに暴れてみせるが、所詮は未成年の、14歳の子供だ。大人の男たちの力の前では、なんの抵抗にもならなかった。

 ファスナーを下ろされながらも、かろうじて穿いていた白いショートパンツがついにずり下ろされる。ブラジャーとショーツがさらされた莉子は、貞操の危機をよりいっそう強く感じた。

 無我夢中で最後の抵抗をする少女に、群がる男たちはさらに力を強める。股を押し広げのし掛かろうとするポロシャツの男は、さらに容赦なく、全力で拳を振り下ろした。


「おとなしく──しろッ!」


 とうとう莉子の意識はそこで途切れてしまい、無抵抗で横たわるだけとなった。

 それを敏感に察知した赤黒い目玉の男たちは、未成熟の獲物を前に股間を力強くさらに隆起させた。



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