【5人の少女たち(8)】

 両テーブル席の注文を繰り返した女性店員がにこやかに去ると、席を立ち上がった時悠真は、麻琴がすわる椅子の背もたれを前屈みで掴み、少女たちに話しかけ始める。


「どうも、時悠真です」

「あっ、えっ……はい。知ってます」


 そう答えた麻琴の足を、隣にすわる凛がすかさず爪先で小突く。


「えっ? あっ、麻琴です!」

「おっと!」


 麻琴がそれに反応して急に立ち上がったので、真後ろの時悠真の顔にキャスケットが当たりそうになってしまった。


「ごっ……ごめんなさい!」

「ううん、オレは大丈夫だから、謝らなくていいよ。えーっと、みんなは学校のお友達かな?」

「はい! 同じ中学です! みんな仲がとってもいい親友なんです!」


 ついさっきまでは他人の振りをしていた莉子が、満面の笑顔でそう答える。


「そうそう! わたしたち、時悠真さんの大大大ファンなんです!」


 続いて彩夏も、飛びかかりそうな勢いで元気に答えた。

 小夜子は、そんなふたりを冷やかに見つめてから、思いきって時悠真に話しかけた。


「あの……東京ケツバット村には、CMのお仕事で来られたんですか?」

「ん? そうだよ。この綺麗なお姉さんが、毎回いろんなお仕事を持ってきてくれるんだ。ね、お姉さん・・・・


 時悠真が隣のテーブル席に輝く笑顔を向ける。

 黙々とタブレットを操作していたスーツ姿の女性は、何かの作業を続けながら「お姉さん言うな」と重かった口を開いた。


「時悠真、ファンサービスはそれくらいにして、次の打ち合わせの確認を──」

「お待たせしました。BセットとCセットでお待ちのお客さま?」


 彼女の言葉を遮り、先ほどの店員が、にこやかにサラダと一緒にハンバーグとオムライスを運んできた。


「あっ、はい。美味しそうなハンバーグじゃん。大きな海老フライも付いてるし」


 凛の前にBセットのハンバーグが置かれる。


「うん、そうだね。このソースって……カレーかな?」


 小夜子は、手前に置かれたオムライスの秘密を探ろうと鼻を近づけた。


「ハンバーグにオムライスかぁ。Aセットの中身は、どんなんだろう?」


 唇を尖らせた麻琴が、早く来ないかと厨房のほうを見る。


「おっ、ハンバーグと海老フライかぁ。いいね!」


 時悠真の声に素早く反応した莉子は、ハンバーグを切り分けようとしていた凛から皿を奪うと、精一杯の笑顔でそれを差し出す。


「どうぞどうぞ! 食べてください!」

「いやいやいや、大丈夫だから。ごめんね、えーっと……」

「凛です」

「凛ちゃん! はい、どうぞ」


 時悠真は笑顔の莉子から皿を受け取り、それをまた、無表情の凛の前に戻した。


「あっ! わたし、莉子です!」


 そんな彼の動作を見届けてから、莉子は笑顔をつくり直し、憧れの人に握手を求める。全身から自分史上最大級のフェロモンが出ていたことは、もちろん本人は知らない。


「あらためまして、どうも」


 念願の握手に、莉子は耳まで真っ赤に染まり、フェロモン記録もまた飛躍的に更新された。


「あたしは彩夏! 14歳で、独身です!」

「あはははは、だろうね」


 小麦色の顔に白い歯を浮かばせた彩夏は、時悠真の力強い指にふれられた喜びを歓声と共に何度も飛び跳ねて全身で表す。


「あの……小夜子です……」

「小夜子ちゃん。可愛い前髪だね」


 握手はできなかったが、お気に入りの髪型を褒められ、小夜子はうつむきながらもひそやかに口角を上げる。


「キミはマコティだよね。覚えたよ!」


 麻琴と目が合った瞬間、時悠真は片目をつむった眩しい笑顔で、人差し指をかっこよく向けてみせた。


(マコティ……)


 そんなふうに今まで呼ばれたことは一度もなかったけれど、初めてが時悠真で良かったと、麻琴は頬を赤らめて心からそう思った。


 それからすぐに、残りの料理が運ばれてきた。

 Aセットの正体は、外国人プロレスラーが食べるような肉厚のステーキで、莉子と彩夏は凛と小夜子たちと互いの料理を分けながら食べ進めるも、結局はそのほとんどを食べきれずに残してしまう。

 だが、麻琴は驚異の胃袋で、1人前のステーキ+みんなの食べ残しを見事に完食したのであった──


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