東京ケツバット村

【5人の少女たち(7)】

 予想通り、ケツバット・カフェはまだ混んではおらず、待たずにすんなりと5人一緒にすわることができた。

 店内の壁紙はブナの原生林がプリントされたボタニカル柄で、アロマディフューザーの香りも手伝い、まるで森の中のテラス席にいるような気分にさせられる。調度品もアンティークな家具で統一されており、少女たちは、お洒落なカフェテリアといった印象を受けた。


「うっひゃー! こんなお店、初めてだよ!」


 驚く麻琴は、おしぼりですら物珍しそうに見つめる。もちろん、それは普通の白いおしぼりだ。


「うん……なんかドキドキしちゃうね」


 小夜子も辺りを見渡しながら、ゆっくりと着席した。


「ちょっと、ふたりともやめてよ! 田舎者みたいで恥ずかしいじゃない!」


 眉根を寄せながら小声で彩夏が注意をすれば、


「だども、オラたちの村じゃカフェー・・・・なんてぇからなぁーも!」


 凛が大げさになまってみせて、場の笑いを誘う。


「はいはい。なぁーも、なぁーも」


 冷めた表情の莉子は最後にすわると、やさしく撫でるようにして指先をテーブルに這わせる。

 着席して間近であらためて見れば、チョコレート色のオーク材の椅子や円卓の隅々には花の形が彫られ、ところどころにある細かい擦り傷や色のせ具合も風情があった。


(欲しいな、こういうの。今度パパにお願いしようかな)


 顔を上げれば、先ほどから店内で流れているBGMが北欧の民族音楽であることに気づく。


(パパも作業中にこんな音楽を聴いてるけど、眠くならないのかな?)


 ふと莉子が、視線を正面に戻す。

 文字だけのメニューを見ながら、被るキャスケットのつばを片手で持ち上げた姿で麻琴が固まっていた。


「マコ? ねえ、どうしたの?」

「いや、うん。……わかんないッス」

「わかんない?」


 麻琴にそう言われて、莉子は隣でメニューを選ぶ彩夏をのぞき込んだ。

 文字だけのメニュー表は、上から順番にドリンク・フード・デザートと種類別になっていた。一見した限り、ドリンク類は特に問題がなかった。だが、フード類は……


「えっ」



☆ケツバット・スペシャル Aセット……¥三,五〇〇


☆ケツバット・スペシャル Bセット……¥二,二〇〇


☆ケツバット・スペシャル Cセット……¥一,九八〇



「──わかんないッス」


 真顔を上げて、莉子はすぐに降参した。


「んー、とりあえずさあ、みんなで全種類頼んでみて、シェアしようか?」


 凛がそう提案した直後、店内がなにやらざわめいた。

 店内の客たち全員が何事かと顔を出入口に向けると、ざわめきの理由はすぐにわかった。時悠真とあのスーツ姿の女性が会話を交わしながら、店に入ってきたからである。

 そして、女性店員にうながされるまま、なんと少女たちの隣のテーブル席にすわったではないか!


「やだ、えっ……ウソ、ねえねえ!」


 小夜子が頬を赤らめて仲間たちに話しかけるが、凛以外の3人は、メニューを見たままの格好で固まっていた。


「えっ、どうしたのみんな? 時悠真だよ?」


 不思議に思う小夜子が3人に話しかける。


「しっ! 黙れ、話しかけんな!」


 小声で莉子が凄む。


「空気読めよ、空気! そんなんだから、いつまでたってもチッパイなんだよ!」


 彩夏もイラつきながら、ささやき声で小夜子を責めたてる。

 どうやら3人は緊張からの照れで、間近にいる時悠真の顔を直視できないようだ。


「ち……チッパイ……」


 そうとはいえ、発育途中の胸部をいじられてしまい、とうとう小夜子もうつ向いて黙り込んでしまった。


(隣に時悠真がいる。隣に時悠真がいる。隣に時悠真がいる。隣に時悠真が──)


 そんな一方で、麻琴は心の中で呪文のように、夢のような現実を唱え続けていた。


「ご注文はお決まりになりましたか?」


 笑顔が可愛らしい女性店員が、すぐそばの麻琴に話しかけた。今様色ピンクベージュのショートボブの髪型に、天使の輪が綺麗に輝いて見える。


「あ……えっ、じゅ、時悠真がいる!」


 慌てた麻琴が、店内に響くような大声で答えた。当然、それは隣の席にも聞こえており、ゆっくりと麻琴がそちらを見れば、時悠真とスーツ姿の女性が自分に注目をしていた。

 スーツ姿の女性はすぐに視線をメニューへ戻したが、時悠真のほうは握手の時に笑いかけてくれたのとは違う、やさしい笑顔で麻琴を見つめ続けている。


「ちょっ……このアホ!」


 日に焼けた顔を赤く染めて、彩夏が鬼のような形相で麻琴を叱る。莉子は〝わたしは関係者じゃありません〟といった様子で、ひたすらメニューを選ぶ素振りをしていた。

 眉毛を八の字にした、少々困った感じの笑顔で待っている女性店員に凛は、


「えーっと……じゃあ、このAセットを三つと、BとCを一つずつお願いします」


 料理の内容を確認しようと思っていたが、すぐにそれをやめて、高い料理を多めに注文する。


「あっ、すみません! オレたちもAセットを二つお願いします」


 するとすかさず、時悠真も笑顔を女性店員に向けて注文をした。


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