挿話 悪魔の行進

【ガスマスクの女】

 大勢の靴音が地下道に鳴り響く。

 コンクリートの壁や床で、整然とうごめく影の群れ。

 ひとり……またひとり……黒い戦闘服姿の行進が、長い廊下に絶え間なく続いていく。

 その数は、ざっと3百人。

 隊列は乱れない。

 いつも完璧だ。


『きょうの獲物は?』


 先頭を歩くガスマスクの人物が、歩きながら冷淡な態度で問いかける。

 後頭部の高い位置から腰まで伸びる二つ結びの長い黒髪、それにマスク越しでもわかる高い声からして、おそらくこの人物は女性だろう。


『はい。ふたり……いえ、3人です』


 その背後を歩く、同じ型のガスマスクをつけた人物が速答する。

 野太い声に褐色のスキンヘッド、体格も彼女の倍以上大きいため、こちらは男性に間違いない。

 だが、彼の答えを聞くや否や、先頭を歩いていた女は急に立ち止まって背後に向き直ると、男の股間に強烈な膝蹴りを見舞った。


『グゥゴホォ?!』

『どっちなんだ? ふたりなのか3人なのか、ハッキリと答えろ』


 足もとで悶絶する大男を見下ろしながら、吐き捨てるようにして、彼女はもう一度問いかける。ガスマスクを被るほかの者たちは全員、事の成り行きを静観してその場を動かずにいた。


『グッ……うぐっ……す……すみません、3人です……』

『3人!』


 ガスマスクの女は、二つ結びの毛先をしなるムチのようにクルリと回しながら、華奢な身体を進行方向へ戻す。


『きょうは、最高の狩りになりそうだ……フフフ、ハハハハハ!』


 女の笑う声が、蛍光灯の明かりが照らす冷たい廊下の隅々まで響き渡る。

 そして、謎の女を先頭にした黒装束の集団は、ふたたび前へ進み始めた。




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