【5人の少女たち(5)】
「こんな
彩夏にうながされ、麻琴はパンフレットに記載された園内地図の端を見た。ケツバット・コースターという名称とイラストからして、考えるまでもなくジェットコースターの類いだとわかる。
「ええっ……高いの嫌だな……」
麻琴は人混みも苦手だが、何よりも高い所が大の苦手──つまり、高所恐怖症だった。行き先が遊園地と知った時、真っ先に危惧したのは、ジェットコースター等の絶叫系アトラクションに誘われることで、その予感は見事に的中した。
「だってさぁ、これ以外は何も面白いのがなさそうだよ? 観覧車は高い所をグルグル回るだけだしさぁ」
「それなら、ジェットコースターも同じじゃん。あっ! これこれ、ここにしようよ!」
なんとかジェットコースター以外のアトラクションに注意を向けさせようと、麻琴は適当に選んで指を差す。
「ケツバットン・マンション? なにそれ?」
彩夏は、あまり関心がなさそうな低い声の調子で、溶けかかるソフトクリームを舐め続ける。
「ええっと、東京ケツバット村のマスコット、ケツバットンのお
その場所には、武家屋敷のようなイラストが描かれており、すぐ近くに若苗色で丸い容姿のケツバットンの絵も記載されていた。だが、よく見ると、園内地図の数ヶ所にケツバットンの同じ絵が載っている。
「なんでケツバットンがたくさんいるんだろ?」
「あたしが知ってるわけないじゃん」
「その場所は、ケツバットンに会えるお勧めスポットなんですよ」
「うわぁっ!?」
ふたりの背後から男が突然のぞき込んで話しかけてきたので、驚いた麻琴は、食べかけのソフトクリームを地面に落としてしまった。
「おっと、そのままで大丈夫です!」
背広姿のその男は、まわりを気にしながら片手を大きく上げてみせる。すると、それに気づいた清掃員の若い女性が素早く駆け寄り、煉瓦の地面を綺麗に掃除した。
「いやぁ、驚かせてしまったようで、どうもすみません」
背広姿の男は、未成年の少女たちを相手に深々と頭を下げてみせる。
「謝って済むなら、警察は要らないんですぅー! ソフトクリーム、弁償してくださぁーい!」
「ええ、もちろんですとも。こちらとわたしの名刺をどうぞ」
懐から園内のレストランで使える食事券の束と名刺を1枚取り出して向きを整えた男は、お辞儀と共に麻琴へ両手でそれを差し出した。
「株式会社フルスイングジャパン 営業促進部長
麻琴は中学生とはいえ、その会社名にまったく聞き覚えがなかった。
「どうしたんだい、何かあったの?」
ちょっとした騒ぎに、駿介と莉子、それに凛や小夜子たちも駆けつけて来る。
「あれっ? 金子さんじゃないですか!」
「これは先生! その節は大変お世話になりました」
大人たちは急に笑顔をつくり、お互いに頭を下げ合う。
どうやら金子は東京ケツバット村の運営会社の社員らしく、その後も子供たちをよそに、駿介と大人の世界の会話を続けた。
「ねえねえ、なんのアトラクションにするか決めた?」
何事もなかったかのように、彩夏は莉子や凛に訊きながら、ソフトクリームの包み紙を乱雑に丸めて近くの小夜子に顔も見ずに差し出す。小夜子はそれを無言で受け取り、人知れずさらに強く握り潰した。
「うーん、ジエットコースターかな。それから園内を散策……みたいな?」
凛が一応、答える。
「あー、そうだね。みんなで行こうよ。はい、決まり!」
彩夏は笑顔で大きく柏手をひとつ打つと、凛や莉子の肩をポンポンと軽く押して先へ進むように催促する。
麻琴と小夜子はおいてけぼりをくうかたちになったが、ふたりは元々ジエットコースターには乗り気ではなく、願わくば、勝手に3人だけで行ってきてくれと思うほどだった。
「……マコちゃん」
元気のない声で、小夜子が物言いたげな目をして隣の麻琴を見る。
「うん……しかたないよ。行こうリナ」
歩き始めた麻琴に続き、小夜子もトボトボと進んでゆく。そんなふたりの後ろでは、まだ俊介と金子が何やら熱心に会話を続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。