【5人の少女たち(4)】

 撮影が中断され、休憩に入ったスタッフたちの様子を見た麻琴たち3人は、時悠真のもとへ駆け寄るタイミングを見計らっていた。


「サインペンも色紙もないよ……どうしよう……」


 今にも泣きだしそうな顔の彩夏に莉子は、


「バカね。スマホで一緒に撮ってもらうか、ムービーっしょ」


 そう冷静に教えて、穿いている白いショートパンツの後ろポケットからスマートフォンを取り出す。


「すみません、握手してもらっていいですか?」


 見物人の誰よりも早く、近づいた麻琴がはにかむ顔を真っ赤にして手を差し出せば、時悠真は撮影中と同じ爽やかな笑顔で快く手を握ってくれた。真夏の炎天下だというのに、その手はひんやりと冷たい。やっぱり芸能人は違うなと、麻琴は思った。


「ちょ……ちょっと! マコのヤツ、なんで勝手に抜けがけしてるの!?」


 気づいた莉子が、慌てて時悠真をめざして走りだす。


「あっ、あたしも!」


 ショートサロペットの胸ポケットからスマートフォンを取り出した彩夏も、急いで莉子の後に続く。

 ふたりが駆け寄った頃には、先ほどのスーツ姿の若い女性や数名のスタッフたちが、麻琴やほかの来園客たちを時悠真から遠ざけていた。

 結局、時悠真に接触できたのは麻琴だけで、莉子は怒りと嫉妬のあまり錯乱し、麻琴の右手首を掴んで強く引っ張ると、その手のひらを自分の頬にあてがった。


「うわああああ?!」

「ああっ! 時悠真のぬくもり、時悠真の汗!」

「莉子……多分それ、両方とも違うよ……」


 莉子の狂った行為に、麻琴と彩夏は確かな恐怖を感じていた。


(親子そろって変態かよ──)


 そんな3人の様子を冷淡に見つめていた凛がため息を吐いて振り返れば、そこにいたはずの小夜子と駿介がいなくなっていた。


(まさかあいつ、リナにまで!?)


 凛は麻琴たちに歩み寄りながら、周囲を注意深く見渡してみた。けれども、ふたりの姿はどこにも見えない。ますます嫌な予感がしてならなかった。


「ねえ、リナと駿介さんがいないんだけど」


 然り気なくそう伝える凜の利き腕のこぶしは固く強く握られているが、誰もそれには気づかない。


「えっ?……本当だ。パパ、どこへ行ったのかな?」


 ようやく麻琴の右手を解放した莉子は、正面ゲートや噴水周辺を何気なしに視線だけで探す。


「ほら、あそこ! アイス食べてるじゃん!」


 彩夏が日に焼けた人差し指で小さな売店のかげをさせば、小夜子と駿介がソフトクリームのような物を持って並んで立っていた。

 少女たちが小さな売店までのんびりと歩いて行くと、それを見守りながら食べ続ける駿介が、鼻先に白いソフトクリームをつけたままで「みんなも食べるかい?」と笑顔でたずねる。

 麻琴と彩夏が「いただきます!」と笑顔で応えるなか、ひとりそれを無視した凛は、そっと小夜子に近づき、耳もとでささやく。


「ねえ、大丈夫だった?」

「大丈夫……だけど、何かあったの?」


 不思議そうな顔をした小夜子は、自分よりも背の高い凜を見上げて答える。


「そう」


 相変わらずの無表情ではあったが、どこかいつもとは違う凛の雰囲気を、小夜子は感じ取った。


「莉子も食べるかい? 冷たくて美味しいよ」

「ううん、いらない。太りたくないし」


 父親の言葉に素っ気なく答えた莉子は、白いショートパンツから少しだけ余計に出たオフショルダーのトップスの裾を可愛らしい位置になるよう丁寧に直す。白と黒のボーダー柄が理想的に崩れたのを確認してから、莉子は仲間たちを見た。

 麻琴と彩夏は、ソフトクリームを食べながら園内のパンフレットをのぞき込み、何か楽しそうに話しをしている。

 凛と小夜子もなにやら話していたようだが、こちらは早々に話を終えたようで、凛がスマートフォンの操作を始めると小夜子はうつむき、ソフトクリームを食べ進めた。


「ねえ、パパ。楽しい?」

「……どうしたんだい急に?」

「せっかくのお休みなのにさ、子供たちと一緒で楽しいのかなって」


 そう言い終えるまえに、ショートパンツの後ろポケットから着信音が鳴り響く。スマートフォンを取り出した莉子は、通話アプリを手早く起動させた。


「ははは。逆に、パパみたいなオッサンと一緒の夏休みで、みんなに申し訳ないよ」


 食べ終えたソフトクリームの包み紙をクシュクシュに丸めながら、駿介は細身に仕立てられた木蘭色ベージュのチノパンから格子縞のハンカチを取り出し、鼻先や口もとを丁寧に拭ぐった。


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