【5人の少女たち(3)】
駿介から招待券を受け取った5人の少女たちは、係員の誘導に従って二列で並んだ。正面ゲートの真上では、英語の筆記体で〝Tokyo Ketsubat Village〟の大きな文字が忙しなく色彩を鮮やかに変えて明滅している。
この類いの施設の出入口といえば、大抵は腰の位置くらいまでの高さの柵が張られて規制されているものだが、東京ケツバット村の白塗りの鉄柵は優に4メートルを超えていた。
「猛獣でも逃げ出さないようにしてあるのかな?」
笑顔をみせる小夜子が隣に並ぶ凛に楽しそうに喋りかけるも、一方の凛は、横向きにしたスマートフォンの画面を無表情のまま見つめるばかりで、答えは何も返ってこなかった。
黒い野球帽子とボーリングシャツを身につけている長い金髪の女性係員が、オートメーション化された機械のように、無駄のない動きで招待券の半券を次々と切っては手渡していく。
麻琴は半券を受け取りながら、係員が目深に被る野球帽子の前面に印字されたセリフ書体のTKVの文字に目を奪われた。
(なんて意味なんだろう? 超かっこいい!)
土産物売り場にあれば買ってみようと決めたその時、先に園内へ入っていた彩夏が急に悲鳴を上げ、ハイテンションになって騒ぎ始めた。
「ねえねえ! あれって、
麻琴が正面ゲートを抜けると、近くの噴水広場の前では数名の大人たちに囲まれて、
「本当だ! 時悠真がいる!」
彩夏に続いて莉子も興奮状態になり、ふたりは時悠真に向かって黄色い声を張り上げながら、元気よく走っていった。
「あれっ、莉子たちどうしたんだい?」
最後に入園した駿介がふたりの背中を見送りつつ、置いてけぼりをくった小夜子に問いかける。
「あそこの噴水の前にいる派手な髪型の人、 芸能人の時悠真なんです」
消極的な性格の小夜子は、みんなのように駆け寄りたい気持ちを押さえて、芸能関係に
「へええ。で、どんな番組に出てるの?」
「ヒーロー戦隊のテレビ番組で主役デビューして、今は連ドラに出てたり、いろいろと映画や舞台にも出演してますよ!」
麻琴は補足的に情報を足早に伝え終えると、時悠真の名前を叫びながら全速力で走りだした。
どうやら、時悠真を取り囲んでいたのはカメラクルーたちで、今は何かの撮影中のようである。
どこかの宮殿にありそうな豪華な装飾が施された噴水の前にひとり立つ時悠真は、手にしたペットボトルの中身を勢いよく口に含む。
「スカッと爽快! 燃焼系スパークリング、ケツバット天然水・ネオ!」
飲みかけのペットボトルを爽やかな笑顔でカメラに向けて突き出すのと同時に、後ろの噴水が勢いよく水柱を吹き上がらせた。夏の強い陽射しに照らされて、
「あれって、テレビCMの撮影かな?」
麻琴は視線を時悠真に向けたまま、声をひそめて隣の莉子に
「かっこいい……マジでかっこいいわぁ……」
けれども、莉子の耳には届いてないようで、うっとりとしたその目には、時悠真の笑顔だけが映っているようだった。彩夏のほうも
「カァァァットゥォォォ!」
いかにも〝監督〟といった風貌の、サングラスと髭面の
そして、時悠真へ一直線に小走りで駆け寄ったかと思えば、今度は彼の肩や腰にベタベタとふれて褒めちぎり始めた。
「オッケーだよ時悠真ちゃーん、
自らの腰を不気味に左右にくねらせた監督は、時悠真の細く引き締まった身体を不自然にさわりながら、さらに褒めちぎる。
「メディアは、きょうも時悠真ちゃん一色だよ。世界が時悠真を求めてる。もちろん……あ・た・し・も!」
時悠真はたまらず苦笑いを浮かべ、困った様子でカメラクルーのそばに立つ黒いスーツ姿の若い女性に目配せをした。
均整のとれた顔立ちのその女性は、〝やれやれ〟といった表情でため息を吐くと、高い位置で束ねられた
監督の横に並んだ女性は、彼の肩を無言で素早く抱き寄せ──それはまるで、蛇が木の枝を這うようになめらかな動きだった──なにやら監督の耳もとでそっと囁いてから、女性はやさしく
程なくして、サングラス越しでもハッキリとわかるように顔を強張らせた監督がカメラクルーたちに振り返り、「全員休憩!」と、園内に響き渡りそうな大声で告げる。
それから監督は、脱兎の如く正面ゲート横の喫煙所へと去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。