【5人の少女たち(2)】

 その後、麻琴はなんとか持ちこたえ、お昼前には目的地の東京ケツバット村へ無事に到着ができた。

 正面ゲート近くの広場で車から降りた5人の少女たちは、真夏の焼けつくような陽射しとレンで舗装された地面から照り返す熱気に出迎えられる。


「それじゃあ、みんなはここで待っててね。ボクは、駐車場に停めてくるから」


 笑顔の駿介が颯爽とワンボックスカーを走らせて姿を消した頃、彩夏が不満げな様子で莉子に近づく。


「──ねえ、莉子」


 何も言わないで。


 そう言いたそうな表情で彩夏を横目で見た莉子は、すたすたと4人の前へ歩み出て、輝くような笑顔をみせながら急に振り返る。


「みなさん、ようこそ東京ケツバット村へ!」


 ギラギラ照りつける太陽光と蒸し暑い空気に包まれる演出のなか、ホスト役の莉子は、両手を大きく広げて舞台俳優のように仰々しくそう叫んだ。


「ようこそって……」


 あらためて麻琴は、正面ゲートに視線を向ける。

 純白に塗装された鉄柵からは、大きな観覧車やいくつかのアトラクションが部分的に見えている。

 だが、この距離から確認できた限りで言えば、そのどれもが特に目新しさなど感じられはしない。新しくオープンするテーマパークとしては、なんとも微妙な印象を受けてしまっていた。

 それでも、夏休みということもあってか、プレオープンはとても盛況なようで、入場待ちの長い列がパーティションポールに沿って蛇行していた。


「ねえ、ここってさぁ──」


 喋りながら周囲を見まわす凛。


「東京じゃないよね?」


 そして、素朴な疑問を行列のほうへ向けてぶつけた。


「だね。どうして名前が東京なんだろう?」


 頭頂部に容赦なく降りそそぐ直射日光を防ぐため、鈍色にびいろのキャスケットを被りながら麻琴もそれに続く。

 ここは、都内でもなければ都下でもない。

 東京ケツバット村はその名称に反して、他県につくられていたのである。


「でしょー!?」

「そんなのどうだっていいじゃん! 無料タダなんだし、みんな文句言わないでよね!」


 彩夏が不満を爆発しそうになるまえに莉子が先に怒ってみせたので、その結果、他者の不満を強引に黙らせるかたちとなった。

 なにやら不穏な雰囲気が漂い始めるなか、小夜子はひとり、そんな仲間たちの様子を静かにうかがう。


(なんだっていいから、早くおうちに帰りたいよ……)


 生暖かい微風そよかぜが、小夜子の腰まで伸びる長い後ろ髪をそっと撫でる。それは、都市部とは違う新緑の香りがした。

 遠くを眺めれば、どこまでも広がる青空と木々の緑に東京ケツバット村の真新しい建造物が際立ち、近代芸術の作品群のようにも感じられる。

 気がつくと、ほかの4人は正面ゲート近くの日陰に移動していたので、小夜子も慌てて駆け足でみんなに合流した。

 皆それぞれが黙々と熱心に、スマートフォンの小さな画面を見つめながら指をすべらせている。そんな仲間たちの行動から疎外感を感じとった小夜子は、早く駿介に戻ってきて欲しいと願いつつ、ワンボックスカーが走り去った行方をひとり見つめた。


「ねえ、あのさぁ──」


 眉間に深いシワを寄せた彩夏が、通話アプリにコメントを打ち込みながら話し始める。


「東京じゃないのにさぁ……東京って言い張ってる遊園地なんかでさぁ……貴重な夏休みを過ごそうとしてるウチらってさぁ……絶対におかしくない? これってさぁ……黒歴史だよね?」


 聞き捨てならない愚痴に、すぐさま莉子が反応をしてスマートフォンの画面に向けていた顔を上げる。あきらかに目つきが鋭い。


「やめなよ、彩夏。いいじゃん黒歴史でも。思い出は、思い出なんだから」


 片耳だけイヤホンを付けた凛が、抑揚のない声で言う。海外ドラマが映し出される液晶画面の中では、大勢のゾンビが逃げ遅れた生存者に群がり、次々に喰らいついていた。


「黒歴史ばんざーい」


 麻琴も少女騎士団が戦うゲームアプリをプレイしながら、平淡な調子でつぶやく。

 そんな3人を莉子はかわるがわるにらみつけると、怒りの矛先を小夜子にさだめ、怒気に満ちた顔を近づける。


「リナ、あんたもそう思ってるわけ?」


 名前の漢字が〝小さい夜〟だから英語でリトル・ナイト。それを縮めてみんなから〝リナ〟と呼ばれることが、小夜子はとても嫌だった。

 けれども、それに反発できるほど小夜子の心は強くはなく、とても内向的な性格でもあるため、致し方なく受け入れるしかなかった。


「えっと、大好きだよ……東京ケツバット村」

「はぁ!? なに言ってんのよ! まだ入口にしか立ってないし!」

「あ……ご、ごめんなさい……」


 より不機嫌になったかと思えば、莉子は何かに気づいて小夜子の後ろに目をやり、片手を上げて大きく振った。サイドに寄せたポニーテールが揺れるたびに甘い柑橘系の香水が鼻をつき、小夜子は軽く咳きこんだ。


「パパー! 早くして!」


 莉子の大声を聞いたほかの仲間たちは、要領よく空気を読んでスマートフォンの画面を次々に閉じていく。


「いやぁ、ごめんごめん。お仕事の電話が入ってね、話が長引いちゃったよ」


 駿介は新進気鋭の売れっ子イラストレーターで、いつもは自宅近くに借りている事務所に入り浸っており、こうして娘たちと出掛けることはまれであった。

 だが、夏休みというのもあって、数少ない余暇のきょうを東京ケツバット村に誘ってくれていたのだ。


「えー! 来たばっかりなのに、もう帰らなくちゃいけないの!?」

「いやいや、大丈夫だから。きょうは1日空けてあるし、みんなで楽しくケツバっちゃおう!」


 なんだよ「ケツバっちゃおう」って──心の中で5人の少女たちはツッコミを入れるも、そんな周囲の空気を察しないまま、笑顔の駿介は鮫皮を濃紺に染めた長財布から人数分の招待券を取り出す。

 宝くじのような色調の明るいイラストが特徴的な招待券をひらつかせて、駿介は「ボクが描いたんだよ」と、大げさに胸を張ってみせた。


「へええ」


 一応、社交辞令として、少女たちも驚いてはみせる。

 東京ケツバット村のプレオープン招待券は、父親の仕事関係で手に入れた物。莉子の虚栄心が息づき始めたのか、先ほどまでとは違い、駿介の横でその顔はどこか誇らしげに傲慢な輝きをわずかに放っていた。

 招待券にえがかれていたのは、全身が若苗わかなえいろの丸々とした豚の頭だけのような形の生き物だった。園内を背景に、黒光りを放つ先の短いバットを片目を閉じた笑顔でフルスイングしている。一見すると、野球観戦のチケットにも見えなくもない、そんな不思議なイラストだ。


「センスわるッ……」


 小夜子の真横で、凛が聞こえるか聞こえないかの小声でそうつぶやく。小夜子もそれに同意して鼻で笑い、人知れず唇の端も緩めた。


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