東京ケツバット村

【5人の少女たち(1)】

 揺れる車内で、麻琴は吐き気と戦っていた。


 その日の朝、莉子の父親が運転するワンボックスカーで5人の少女たちは東京ケツバット村へと向かい、途中にある道の駅で朝食をとった。

 みんなが簡単に済ませようと、モーニングセットを注文するなかで、麻琴は〝焼きたてパン食べ放題〟に釣られて朝食ブッフェに挑む。その結果、全種類を4周したところでちょうど時間となり、車へと乗り込んだまではよかったのだが──


「うっぷ」


 ワンボックスカーの1列目と3列目の座席は、シートアレンジで対座にセットされているため、出発当初の車内はとてもにぎやかであった。だが、今となっては、麻琴の不調で気まずい空気に包まれている。


「マコちゃん、大丈夫?」


 目に少しかかる程度に丸くカットされた前髪が特徴的な、愛らしい顔立ちの少女・小夜子さよこが心配そうな表情で隣にすわる麻琴の肩にふれようとする。


「さわらないで……出ちゃうから……ありがとう……」


 必死に吐き気を堪えながら、麻琴は目をつぶったままつぶやく。

 そんな様子を目の当たりにして、笑ってはいけないと思いつつ、心配そうにしていた小夜子の口角はわずかに緩んだ。


「ねえマコ、袋いる?」


 3列目の座席に腰掛ける莉子が、お気に入りのウサギのキャラクターとコラボしたデイバッグを開けてエチケット袋を探す。サイドに寄せたポニーテールが手の動きに合わせて左右に揺れるたび、甘い柑橘系の香りが辺りに漂う。


「いやだぁ、もー! 吐くんなら、車からすぐ飛び降りてよね!」


 同じく3列目にすわるさやは、健康的な小麦色の顔をしかめてそう文句を言いながら、ビンテージデニムのショートサロペットから伸びる足を激しくばたつかせた。


「ははは。麻琴ちゃん、いつでも車を止められるから、無理しないでいいんだよ?」


 莉子の父親の駿しゅんすけが、ルームミラー越しに笑顔でやさしく声をかける。目を閉じたままの麻琴は、右手で口もとを押さえつつ、なんとかうなずいてはみせたが、それからまったく動かなくなってしまった。

 小夜子は、麻琴の膝頭に置かれた左手の甲をそっと握り「マコちゃん、大丈夫?」と、先ほどと同じ調子で心配そうにふたたび声をかける。

 その顔はまるでお手本通りとばかりに悲しさを見せていたが、暗闇の中でひとり戦い続ける麻琴には、そんな小夜子の表情は見えていなかった。


 助手席にすわるりんは、そんな後部座席のやり取りをよそに、ショートボブの髪を無意識で右耳に掛けると、憂いの表情を車窓へ向け、流れる馬刀葉椎マテバシイの景色を静かに見つめる。

 木洩れ日が空色のフレアワンピースに次々と影絵を映すなかで、駿介の左手が裾をき分けて凛の太股をまさぐっていることを、後部座席の少女たちは誰も知るよしはなかった。


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