東京ケツバット村

黒巻雷鳴

第1部 少女地獄篇

プロローグ

【麻琴】

 ある夏の日の、とても暑い夜。

 めずらしく勉強机の上に開かれた中身が真っ白な大学ノートを前に、14歳の少女・ことは、クーラーが効いた自室で椅子にすわりながら、長い髪の毛先を口髭のように弄りつつ考え込んでいた。


 英文日記……さて、こいつをどうしてくれようか──


 夏休みの課題で、3日分の日記を英語で書かなければならないのだが、ただでさえ苦手な英語なのに、書けるような出来事がまだ何ひとつない。

 麻琴は、中学2年生にして立派な出無精で、部活にも入らずに家へ直帰する、いわゆる帰宅部だった。この夏休みも外出はほとんどせず、クーラーの効いた自室に毎日引きこもっては、電子書籍のマンガやアニメの動画等をスマートフォンで観て過ごしていたのだ。

 それゆえ、麻琴の肌は日焼け止めを塗っているわけでもないのに白いままで、胸前むなさきまで伸ばしている濡羽ぬればいろの髪がよりいっそう美しく見える。


「あー!もう! きょうは、おしまい!」


 日記を書くことをあきらめて大学ノートを勢いよく閉じ、ベッドへ飛び込む。接触冷感の夏掛け布団が顔にひんやりと当たって気持ちいい。

 麻琴が目を閉じてうっとりしていると、枕の下でスマートフォンの着信音が鳴り響く。画面を開けば通話アプリからの通知で、同級生の莉子りこが登録グループの全員に誘いをかけていた。


『新しいテーマパークのプレオープンにみんなで行かない?』


 あっという間に既読人数が増え、続々と賛同のコメントやスタンプが表示されていく。


(テーマパークか……人混みは嫌だな……)


 麻琴がその返事をためらっているうちに、トーク画面は次々と素早く流れていった。


『交通費や入場料は心配しなくて大丈夫だから』

『わーい』

『やったー♪』

『テーマパークって、どこの?』

『東京ケツバット村だよ』

『え、東京なの?』



 東京ケツバット村……



 麻琴は、通話アプリを閉じてそのテーマパークをネット検索してみたが、東京にあるスポーツ用品店や通販サイトで売られている様々な種類のバットの画像が出てくるばかりだった。

 どうせ何かの冗談だろうと思い、今度はリズムゲームのアプリを起動させる。やがて麻琴は、寝転んだままスマートフォンのタッチパネルを軽快にはじき始めた。






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