王国編

新たな始まり

 ヴァイドは書斎にて頭を抱えていた。


 『この先中央王国ルニマルニアは、神の宣告を真摯に受け止める事とし、アルカンハイトを独立国と認め、今後一切の接触を行わないと宣言する』


 「国家と認めるだと?……体の良い切り捨てでは無いかこんな物……。元気め、何をしているのだ……アイツは……」


 今朝から中央の恩恵にすがっていた貴族達が、こぞって中央へと引っ越しを始めている。犯人は、元気しかいない。そう思ったヴァイドは、メルヒオールを使いに出した。


「領地が荒れるぞ……。くそ……。こんな時に兄上が居てくれれば……」


 ヴァイドはそう独りごちると、先日の事を思い出す。夜中にブオンブオンと城の外がうるさいので何事か?と外を見ると、発光した何かが飛び去って行った。


 門番に報告を聞くと。聖人様が宝を置いて行った。かっこ良かった。との事だったが、訳が解らず。急いで門前を確認すると、信じられない量の金銀財宝が置かれていた。


 そして、その財宝の中身を見てヴァイドは絶句。タロウケンの賢者の杖や歴代勇者の武器や防具が混じっていたのだ。


 歴代勇者の武具は、国宝だ。持って来てゴメンね。ですむ話では無い。バレたらアルカンハイトの島ごと消される。ヴァイドは、急いで城内の宝物庫と名のついたガラクタ倉庫へ宝を運ばせ、厳重に鍵を掛けた。


 その後、中央からどう言った沙汰があるのか。とヴァイドは不安な日々を送っていたのだが……今朝、手紙が届いたのだった。


 ノックと共に、執務室のドアが開くとメルヒオールが元気を連れ入って来る。そして元気の後にアイリスと、見知らぬ女性が立っていた。


 アイリスにそっくりなその女性は37,8ヴェルニカと同じ位の歳だろうか……。と考察し、ヴァイドは何だか、嫌な予感を察知した。


「御機嫌よう叔父上」


「あぁ、ご苦労。それで、そちらのご婦人は?」


「……お初にお目にかかります。アイリスの母のミルオレと申します……。現在。旦那様の所でメイドをやっております。以後お見知りおきを……」


 メイドだと?そう言われればメイド服を着ているが……スカートが短すぎやしないか?それに、何故。そんなに睨んでいるのだろうか?とヴァイドは少し警戒する。


「ふむ、そうか、私はアルカンハイト領主のヴァイドだ。以後よろしく……アイリスも元気そうで何よりだ。元気に変な事はされてはいないか?」


ヴァイドがアイリスに笑顔を送ると、アイリスもニコリと笑顔を返す。


「はい!毎日、優しくしてくれます!昨日はお耳掃除をした後に、お耳をフーフーして遊んでいただきました!」


元気いっぱいに答えるアイリスに、元気が焦る。


「ア、アイリス~。余計な事は言わなくて良いからね~」


「あ。……すいません。旦那様……」


 アイリスが怒られたと思い、シュンとしてしまう。それを見てまた焦る元気。


「お、怒ってないからね、ほら、これお食べアイリス」


 元気がアイリスにクッキーを出して渡す。


 それを見たミルオレが、トントンと元気の元気の肩を叩き、クッキーをせがむ。ミルオレにもクッキーを渡すと、満足そうにそれを頬張るミルオレ。そしてもう一度トントンとする。


「も~!後でまたあげるから、待ってて」


「何!?待てだと?行きたく無いと言ったのに、連れて来たのは貴様じゃろが!クッキー位食わせろ!」


 元気に怒鳴るミルオレ。


「お母様、お話しの場なのですから、少し我慢して下さい!」


「後で、ちゃんと準備するから待ってろって」


「……約束じゃからな!アイリスに免じて待ってやろう!」


 フンと鼻を鳴らし、腕を組むミルオレに、元気とアイリスが溜息を吐く。


「助かるよ、ミルオレ。ありがとう」


 メイドと言っているが主従が逆では無いか?とヴァイドは感じてしまうが、クセがありそうなミルオレの事は元気に任せておこう。と思い本題に入る。


「私は元気と話があるので、後の者は下がって貰えるか?メルヒオール客室に案内を……」


「なにぃ!?人間風情がこの妾に指図しようと言うのか!」


 ヴァイドの言葉を遮ったミルオレの威圧感によって、執務室の空気が一瞬にしてピリッとする。おぞましい魔力量にヴァイドは無意識に身構えた。


「だから、それ辞めろって!」


「きゃっ!お、お前こそ!尻を叩くのを辞めろ!変な声が出るのじゃ!」


 ミルオレのおしりを元気が強めに叩くと、ミルオレの放つ威圧が消えた。


「お母様、旦那様はお話がある様なので行きましょう?メルヒオールさん案内をよろしくお願いします」


 アイリスがメルヒオーネにニコリとするとメルヒオーネもニコリと返す。


「はい、アイリス様、ミルオレ様、こちらで御座います」


「あ、メルヒオールさんこれ、お茶菓子に、これを与えておけば大人しいから」


「坊ちゃん、ありがとう御座います」


 元気に、クッキー受け取りメルヒオーネは笑顔で礼をする。それを見てミルオレがガウガウっと唸る。


「人の事をいぬ畜生の様にいいおって、後で覚悟しておれよ!貴様ら!」


「お、お母様参りましょう」


 アイリスがそういうと、ミルオレの手を引いてメルヒオールについて行った。


 やっと元気と二人きりになり、ヴァイドは何も話していないのにどっと疲れた気分になる。戦闘態勢を解除して椅子に座ると元気を客人用のソファーに座らせた。


 さて、どうしたものか……聞きたい事が多すぎる……。そうヴァイドが悩んでいると、元気が慣れた手つきでお茶を準備し始めた。


「元気は、何をしておるのだ?」


「え?何って、お茶の準備ですけど?ただ話すってのも味気ないでしょ?」


 何故客人が、茶を準備するのだ馬鹿者……と思ったが、元気が楽しそうなので、ヴァイドは、ほたっておく事にする。


「……そうか、助かるよ」


「どういたしまして」


 ヴァイドは威厳を保つのが馬鹿らしくなり、客人用のソファーに座り直す。元気もお茶の準備を終えるとソファーに座った。


 そして、お茶を飲みながら話を始める二人。


「では、まず、これを読んでみろ」


 ヴァイドが今朝届いた手紙を、元気に読ませる。


「うわぁ、叔父上、領主から王様じゃ無いですか!良かったですね!」


 そんな事を言いながらニコニコする元気に、イラッとするヴァイド。


「何でそうなるのだ!中央の後ろ盾が無ければこんな小さな島など一瞬で魔族に滅ぼされてしまうのだぞ!」


「いや、エルフもいるし大丈夫でしょ?」


「今は良いが、この先はどうする?」


「え?エルフは死にませんし、もう森に居着いてます。自分達の家は今度は絶対守る!って豪語してますから大丈夫と思いますよ?馬鹿な王国のアホ貴族なんかより、よっぽど強いですし」


 馬鹿な王国にアホ貴族。ヴァイドはその言葉に笑ってしまいそうになる。


「……エルフ達の強さは認める。だが、本当に守りもしてくれるのか?いなくなったりとかされたら、どうしようも無いぞ?」


「孤児院の子供達と触れ合って、子供達も守る!って言ってたので俺がいなくなっても町も島も安全でしょう」


「いなくなってというのは?何処かへ行くのか?」


「もしもの話ですよ、俺がミリャを残して何処かに行く訳無いでしょ?まったく……でも、人間いつかは死んじゃうでしょ?なら、死なないエルフに守って貰えば良いじゃんって事です」


 死んだ後の事も考えるのか……とヴァイドは元気に感心するが、違和感も感じる。


「はぁ、お前は馬鹿なのか、頭が良いのかハッキリして欲しい……行動と発言が一致しなさすぎる」


「そんな事を言われても解んないですよ、解決しようとこっちも必死なんですから、何度も言いますけど、ミリャナとポタンと平和に暮らしたい。それだけです」


 元気の目的は初志貫徹。異世界スローライフだ。


「そうか、まぁ町や島の事は解ったが、あの財宝と手紙の内容は何なんだ?お前は何をして来たのだ?」


「えっと、あれはですね……」


 元気は王宮へ襲撃に行った日の事や、アイリスにあった事。魔国で今起きている事をヴァイドに言って聞かせた。


「お前は馬鹿か!国家反逆罪所の話では無いぞ!王の足を吹き飛ばし、ついでに国家予算を盗んで来るなど!」


 怒鳴りすぎて肩で息をするヴァイドに、ちょっとビビる元気。 


「だ、大丈夫ですよ、ピカピカの神モードでいったのでバレてないですし、神さまと勝手に勘違いしてましたから!」


 落ち着いて下さいと、お茶を進めて来る元気にヴァイドの気が抜けて行く。そして手紙を力無くぴらぴらする。


「色々とバレとるでは無いか……馬鹿者……」


「た、確かに……」


 ギロリとヴァイドに睨まれた元気が焦る。


「で、でも王国になって、中央も関わらないって事ですし、おとがめは無しでしょ?それに、国家予算もありますし……だ、駄目?」


 確かにエルフが国を護衛してくれるのであれば、王国に無駄な税接収を払う必要がなくなり領地経営が楽になる……。


 中央寄りの役に立たない貴族達が消える事によって、更に市民達の税収を減らし町の環境を改善する事が出来る。中央の戦争に民が取られないのも大きい……。


 今回、元気が起こした事は正にファインプレーであり、領主にしてみれば喜ばしい事が多いのだ。


 だが、素直に喜べもしないし褒める事も出来ない。元気はまだ子供だ。良い結果しか見えていない……。悪い事は、悪いと諭すのが大人の役割で責任だ。とヴァイドは考えている。


 何と言った物か……。とヴァイドが思案していると元気が話し始める。無言の空気に耐えられなかった様子だ。


「……それに、ミリャにバレて激怒されちゃいまして……。心配になるからこんな事もうしないで!って、だから暫くは大人しくするつもりです!」


「結局、ミリャナか……」


 ミリャナがいれば、大丈夫か……。ヴァイドがそう思った時だったーー


「もちろんですよ。なのでミノスがもう少ししたら、魔国から5千人ほど難民を連れて来るらしいので……よろしくお願いします!」


 ーーとんでも無い事を言い出す元気に、ヴァイドは開いた口が塞がらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る