アイリス
「さがせぇ!!!」
「まだ遠くに行ってないはずだ!!!」
雨が降りしきる城下町を、アイリスは無我夢中で走る。そしてゴミ箱の中に飛び込み、追っ手をやり過ごす。恐怖で手足が震え、歯がカチカチとなる……。
暫くは足音と怒声が響いていたが、だんだんと静かになり。アイリスはホッとする。
アイリスが気を抜いた瞬間から、生ゴミの酷い臭いが鼻孔を襲い。アイリスは急いでゴミ箱の外に飛び出した。
これからどうせうすればいいの?お父様、お母様……?
アイリスの父である。魔王ヴェルゴレが、補佐のオルガンに討たれ、アイリスの母である王妃も幽閉された。
その間アイリスは牢獄で一人、寂しさに泣いて過ごしていた。
食事も侘しく、体は痩せていき。身体中が痒かった。痒いので掻きむしると血が出て、かさぶたになり。それがまた痒い……。
我慢できずにまた掻いてしまうと、かさぶたが剥がれて、また血が出る。
それを繰り返している内に、臭い汁も出るようになり。痛くて臭くて、悲しくて寂しくて何度もアイリスは泣いた……。
それを見て城の門番達が笑った。
お父様が生きていた時は優しかったのに……。とアイリスは子供ながらに、門番達が憎らしいと思った。
牢獄の中は暑い。なので床に張り付いて身体を冷やす。ひんやりとして気持ちが良い。アイリスは痛い所の痛みが少し和らぐ気がした。
お母様は大丈夫かしら?アイリスはそう思う。会いたいなぁ。と思うが涙はもう出なかった。
ある日の雨の日の晩の事だった。
牢獄内が騒がしくなり、門番達の悲鳴が響いた。アイリスは怖くなり、牢屋の端っこへうずくまる。近づいてくる悲鳴と足音に、恐怖の限界を迎えてしまったアイリスは、オシッコを漏らしてしまった。
だが、アイリスは漏らした事に恐怖で気付かなかった。
心臓がバクバクとして身体の震えが恐怖で止まらない……。
アイリスが牢屋のすみで震えていると、ガシャン!と大きな音が牢屋内に響いた。
アイリスは恐怖で悲鳴を上げそうになったが、歯を食いしばって我慢する。悲鳴を上げると、門番達が面白がって意地悪してくる。とアイリスは思い。必死に血が出るほどに歯を食いしばり。悲鳴を我慢した。
アイリスが全身に力を入れ過ぎて。頭がクラリとした時だった。
「姫様!何というお姿だ……」
そう言って、アイリスを哀れむ声が聞こえてきた。久しぶりに聞く、聞き親しんだ声にアイリスの心臓が跳ねる。アイリスが振り向くと、そこにはミノスが立っていた。
「ミ、ミノス?」
「そうです姫様!さぁ!逃げますぞ!」
ミノスがアイリスに手を差し出す……がアイリスはミノスに手を伸ばせず。聞いてしまう。
「ミ、ミノスはお、お父様の事を怨んでいないのですか?」
牢獄の中で、前魔王の味方をした魔族が言う恨み辛みを、嫌と言うほどアイリスは聞いていた。
そして、前魔王の味方だった人達はみんな処刑されてしまった。
門番達が面白がり、処刑前にアイリスの前に囚人を連れて来るのだ。
お前が先に死ね。役立たずの王族。死んで呪ってやる。など、様々な罵詈雑言をアイリスは聴いた。そして、その者達の断末魔を毎日、聞かされた。
アイリスはミノスの事を以前から、信用していたが、今は恐怖の方が勝っていた。
死ぬのは怖かった。なので素直に手が伸ばせなかったのだ。
「何を言いますか姫様。怨んでなぞおりませんぞ!我が王は今でもヴェルゴレ様です!さぁ!追っ手が来る前に早く逃げますぞ!」
それを聞いたアイリスは弾ける様にミノスに抱きついた。
アイリスの泣きじゃくる姿を見て、ミノスの瞳が紅く深く、怒りで揺らめく……。
「おのれ……オルガン……。許すまじ!」
その後、アイリスはミノスと共に城の裏手の森に逃げ込んだ。
王妃を連れて来るまでここに隠れているように。ミノスにそう言われて、アイリスは雨の中森に隠れていたのだが、偵察犬に見つかり城下町まで逃げて来てしまったのだった。
ミノスは雨で臭いが消えると踏んでいたのだが、しばらく入浴出来ずにいたアイリスに染みついた体臭は雨程度では、消えることは無く、偵察犬にすぐに見つかってしまったのだった。
しかし今回は、ゴミ箱に飛び込んだことで、生ゴミの腐敗臭に体臭が紛れ、逃げ切れたのだった。
ゴミの腐敗した汁がアイリスの掻き傷に染みる。雨が痛い……。お腹が空いた……。満身創痍の身体で街外れの噴水まで行き、喉を潤し身体を洗う。かさぶたが剥がれたところや掻き傷に水が染みて痛いが、我慢する。
そして、しばらくぶりの水浴びで気が緩んでしまったアイリスは、噴水の中で座ったまま、気を失ってしまったのだった……。
バチン!と頰を伝う痛みに驚いてアイリスが目を覚ますと。目の前には、見たことの無い魔族の男が立っていた。
辺りを見渡すと薄暗い部屋の中に、鎖に繋がれた猫耳族や狼族や魔族が大勢いた。アイリスはその光景に唖然としてしまう。
「何だ?このガキ喋れねぇのか?おい、こら」
魔族がそういうと、アイリスは魔族の男に蹴飛ばされる。悲鳴を上げそうになったが、アイリスは我慢する。反応すると面白がって意地悪が酷くなるからだ。
「けっ!つまんねぇな。まぁ、弾よけにはなるだろう。人間の兵士はガキに弱いらしいからな。ガキごと刺し殺すか、魔石を持たせて投げ込んで、近くで爆発させればいいだろ。
コイツはメスでも、貧相で傷だらけで汚ぇ。あっちでは使えねぇな。病気でも持ってた、洒落にならねぇ」
「だはは、船旅で病気は頂けないねぇ。ガキのアレを無理矢理引き裂いて、ギャーギャー泣き叫ぶ姿はたまらなくそそるが……それでこっちが苦しんだらしょうがあるめぇな。
喋れねぇみたいだし、汚ぇし、どっかの変態が使ったあとのゴミだろ。ゴブリンの餌か爆弾行きだな。奴隷にヤらせて、泣き叫ぶ姿を見物するってのも、面白いかもな!だははははは!」
男達が何を言っているのか、殆ど解らなかったが、なにか、恐ろしいこと言っているのは幼いアイリスでもわかった。
鎖で身体が繋がれているので逃げ出す事はできない……。恐怖で身体が震える……。
男達が部屋から出ていくと、近くに座っていたウサギ族の少女が頭を撫でてくれた。
口に布を詰められて居るので喋れないが、ニコリと微笑んだ少女がアイリスにそっに身を寄せる。そしてアイリスも身を寄せた。
その日、久しぶりに人の温かさを感じたアイリスは、グッスリと眠ったのだった。
次の日、ウサギ族の少女と数人の女達が男達に連れて行かれた。
少女は姿が見えなくなるまで、笑顔をアイリスに向けてくれた。
アイリスにはそのウサギ族の少女が、大丈夫だよ。とはげましてくれたような気がした。
1日の食事は1度だけ。口の中にパンと水を放り込まれる。その時に噛みつこうとした奴隷が何人かいたが、その度に奴隷達の目の前で、殺され。部屋には死体が放置された。
部屋には腐敗臭と糞尿、体臭が漂って目が痛くなる程の刺激臭が漂っていた。
少女が部屋からいなくなり三日程たった日、アイリスと女達が数人部屋の外へ連れて行かれた。
階段を上ると辺りには、入道雲が広がる青い空と海が広がっていた。太陽の光が酷く眩し風が気持ちよかった。
どうやら、アイリスがいるのは船の上で何処かに向かっている途中の様だった。
新鮮な潮風を吸い込んだアイリスは、空気が美味しい。と生まれて初めて思った。
「お前ら、まずはこれを処分しろ!」
新鮮な空気をアイリスが堪能していると、男がそういって船上の一角を指さした。
アイリス達は指が指された方に視線を向け、そして一斉に息を呑んだ……。
男が指さした先には、女達の裸の死体が無数に横たわっていた。
奴隷の中の一人の女が、死体を見て悲鳴を上げる。そして、船から飛び降りようと、海に向かって走り出した時だった。
「ゴミが……」
そう言い放った男の魔法によって、海に飛び込もうとした奴隷の女の頭が、ボワっと炎に包まれる。苦しそうにもがき苦しんだあと、女は海へドボン。と音を立てて落ちていった。
それを見て他の男達が声を上げて笑っている……アイリスは吐き気がしたが胃液しか上がってこない。
「あぁなりたくなかったら、さっさとしろ」
女達はすすり泣きながら、死体へ近づき死体を海へと投げ落とす……。
かろうじて、事切れていない者もあったが、海へ捨てないと自分達が殺されてしまうので、泣きながら女達は、瀕死の奴隷を海へと投げ捨てる……。男達がそれを見て、酷い事するねぇ。と楽しそうに笑うのだった。
あと数体と言うところで、アイリスは動きが止まってしまった……。
アイリスの目の前には、ウサギ族の少女が横たわっていた。
かろうじて、生きている様だったが、目がくりぬかれ。目の周りが赤く血で染まり、耳も千切られている……。
アイリスは近づこうにも、震えが止まらず近づけない。
「おい、そこのくそガキ、さっさとしろ!」
そういうと、男はうさぎ族の少女の方へアイリスを蹴飛ばす。嫌な音と感覚が身体の中で響き、アイリスは窒息しながら少女の方へと転がる。
「お、お姉……ちゃん……?」
アイリスが苦しさを我慢して少女に呼びかける。すると少女の無くなった耳がかすかに反応した。そして……。
「だ……い、じょう……よ……い……か、ら……海……投げ、な……さ、い……」
少女はかすれた声でアイリスにそういうと、力無くニコリと微笑んだ。
それを見ていた一人の男が、アイリス達に近寄ってくる。
「よく見とけよガキ、言うことを聞かないとこうなるんだぞ~」
そういうとアイリスの髪をひっぱり、ウサギ族の少女の前にアイリスを強制的に立たせる。
それを合図に、他の男がウサギ族の少女の首をつかみ軽く持ち上げる。すすとゴリゴリッと嫌な音がアイリスの耳に入った後。一斉に男達の笑い声が響いた。そして、ゴミを捨てるかの様に少女を海に放り投げた。
ドボン。という音とともにアイリスは放心してしまう。
「お前……ヴェルゴレの娘だろう?城で一度見たんだ、今は汚ぇが間違いねぇよな?」
そうひそひそ声でアイリスの髪を掴んだまま、男が話しかけてくる。
放心していたアイリスだったが、ミノスを思い出し、自分を知ってるこの男になら、助けて貰えるかもしれない!と期待と思いに心臓が跳ね、アイリスは我に返る。
「しっかし……。弱くて頭の悪い父親を持つと苦労するなぁ?安心しろお前は最後のお楽しみだ。死ぬ前まで、犯さねぇ……。あぁ、ゾクゾクするねぇ。お?ションベン漏らしやがったなぁ。ほほほぉ……たまんねぇなぁ……こりゃ」
犯す。の意味がアイリスは解らなかったが初めて見る下卑た雄の醜い笑みに、アイリスは心底恐怖した。
そして、この男に助けて貰おうと考えた自分にも心の底から絶望したのだった。
それから、アイリスは部屋が代わり。男が女を犯し、女が狂って行く姿をずっと見せられた。そして女が死んだら死体を捨てる。そんな日々を一週間程続けた……。
時々あの男がやってきては、アレはどうなっているんだ。これはどうなっているんだ。とアイリスに教えては、アイリスの手に自分の物を握らせ擦らせては、悦に浸って帰って行く。
アイリスは生臭い体液が吐き気がするほど嫌いだった。
そして、男がアイリスにいつもの様に卑猥な話を聞かせている時、急に船上が騒がしくなった。
「外が騒がしいな……。そろそろ、姫様爆弾の出番かな?お、いいね。震えちゃって……可愛いねぇ~。怖いかい?でも、爆弾は確定なんだよ。残念だね~でも、その前に気持ちよくしてあげるからね~……」
そういって男が今までと違う事をしてくる事がアイリスは恐ろしくなり。股に顔をうずめ様としていた男の顔を、全力で蹴り上げた。
「がぁっ!?くそガキがぁ!ここでぶっ殺してやる!」
顔面をバコンっと殴打され。アイリスは意識が飛びそうになる……。そんな中で、アイリスは、父親であるヴェルゴレの言葉を思い出していた……。
「平和な世界が訪れれば、皆が笑顔で暮らせるのだ!アイリス笑え!笑えば幸せがやってくるのだぞ!」
アイリスの大好きだった父親が良く言っていた言葉だった。
「この!くそガキがぁ!何笑ってやがんだ!」
所々、紫色に晴れ上がった顔で。アイリスはニコリと笑った。そんなアイリスに激怒した男が拳を大きく振り上げた。その時だった。
けたたましい爆発音が辺りになり響き、衝撃で船がグラリと揺れた。
「な、なんだ!?」
男がバランスを崩し、アイリスの上から床へと転げた。
「敵襲だ!全員上にあがれ!将軍様が敗れたぞ!」
「何だと!?」
そう言って部屋の男達が、階段から駆け上がって行く。アイリスはそれを見ながら、我慢するんじゃ無くて、笑えば良かったのね。やっぱりお父様は正しかったわ。と薄れゆく意識の中で思ったのだった。
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