解放

 奴隷を乗せた船を魔力で浮かせて元気が浜辺に戻ると、魔物の掃討はすでに終わった様で人の姿はなかった。


 奴隷達を連れてキャンプに戻ると、キィンキィンと金属音が聞こえて来る。何だろう?と思いながらキャンプに到着してみると、グレイとミノスが打ち合っていた。


「元気、戻ったか安心したぞ……何だ?そのうしろの者どもは?」


「魔族の船に乗っていた奴隷です。海に捨てられそうなのを引き取ってきました……ってか何事ですかこれ?」


「お前は、犬猫を拾ったみたいにいいおって……あれはお前の友達と言っていたが、本当なのか?本当なら止めてくれ、兄上もアレも俺には手に負えん」


「わかりました。おーいフェルミナ~!」


 近くで面白そうに見学している、フェルミナの姿があったので呼び寄せる。


「お、元気!戻ったのか、何かいいなアレは!自分で戦うのも良いが見るのもなかなか……」


「楽しんでる所悪いんだけど、この人達を頼めないか?」


「なんだ、また増えたのか?わかった、ハナ達の所に連れて行ってくる。お前達ついてこい!」


 そういうと奴隷達をフェルミナが先導する。次はミノスとグレイだ。


「二人とも!ちょっと一旦やめて!」


「なんだ元気か!大丈夫だ心配ない!」


「グフフ、楽しくなって来たところだ!小僧!止めるな!」


「二人ともいい加減になったら終わってね」


「了解した!」


「わかっておる!さぁ、行くぞミノス!」


 そういうと二人は戦いの世界へ戻る。


「大丈夫みたいです。気が合ってるみたいですよ。二人」


「そ、そうなのか?殺し合っている様にしか見えぬが」


「剣で語り合ってるんですよ」


「一流の戦士同士がやると言うあれか?俺にはわからんが、大丈夫ならばほったらかしておこう。エルフ達が連れてきた捕虜達は大人しい物だ、向こうの広場でお前の準備した食料と水をのんで落ち着いている」


「良かった。騒ぎになってなくて」


「騒ぎと言うよりも人数だな、まぁ見た方が早い。行くぞ」


 怪我人で埋まっていたテントが今はガランとしている、動ける兵士達は町に戻った様だ。所々に姿があるのは手遅れになった者達だろう。


「亡くなった人達はどうなるんですか?」


「身元がわかれば遺品を届けるが、殆ど焼いてしまうしか無いだろうな。それも衛生兵の仕事だ」


「そうですか」

  ほったらかしじゃ無いなら良いか。と思うしか無い。


「これは……予想以上ですね」


「さて、どうするのだ?」


 300を越える奴隷を前にして元気は言葉を失う。現在は配られた食料を皆が無言で必死に食べている。


「貴様ら!聖人様が来られたぞ!食事を辞めろ!」


 アルビナが元気の到着を確認し、奴隷達に命令する。


「あ、いや、食事は続けてくれていい、動けないと町まで行けないし」


「だ、そうだ!食事を続けろ!」


 こっちを少し見た奴隷達だったが、食事を再開する。言葉はわかるようだ。


「あれ?他のエルフ達はどこいったんですか?」


 エルフ達の姿が数名しか見当たらない。まさか、死んじゃったりしてないよな。と元気は不安になる。


「魔物の討伐と治療が終わったら、巨人と帰って行った。物足りないから平原で遊んで帰る。とお前に言っといてくれだそうだ。強敵役が必要らしい」


「そ、そうですか」


 遊び場を変えただけだった。


「お主らは毎日何をしているのだ?戦場が物足りぬなど、耳を疑ったぞ」


「その内、招待しますよ」


 へへへと誤魔化し笑いをして、元気は真面目に考える。300人は流石に多すぎだった。


「魔国に家族や帰るところのある人はいるのかな?」

 帰るところがあれば帰してしまおうと思ったが手を挙げる者はいなかった。


 元気が困っていると奴隷の一人がスッと手を上げる。それに反応して騎士団が武器を構え、奴隷達が一斉に怯える。


「武器を降ろして!怖がってるじゃないか」


「し、しかし、コイツら魔族です!何をしてくるかわかりません!」


「何かするなら囲まれる前にしてるだろ、話しが進まないから、それ辞めて、いいね!」


「かしこまりました」

 騎士団が武器を納めると奴隷達も安心をする。虐待を受けてきた動物の様な反応だ。


「さっき手を挙げたのは?」


「わ、私です!」

 角の生えた魔族の女の子だ……年頃はメルディ位だろうか?ボロボロの布きれ1枚で痩せこけている。


「なんと酷い」

 ヴァイドがそう呟く、メルディと重ねているのだろう。


「どうしたのかな?」


「わ、私はアイリスと申します。現在魔国は前魔王が反逆罪にて処刑され。王が入れ替わった事で、無法地帯になっております。ここにいる人達はその被害者であります!なので、どうか殺さないで欲しいのです!」


「え?どういうこと?」


「ふむ、アイリスとやら、前王の時は奴隷は無かったのか?」


「い、いえ、奴隷制度はありましたが、奴隷を戦争に出したり、戦争の為に奴隷狩りするなどありませんでした!」


「奴隷狩りだと?」


「森や村に戦争の兵隊を捕らえに行くのです」


「では、ここにいるのは奴隷狩りの被害者であるのか……残った家族はどうなる?」


「一家ごと捕まるか……殺されます」


「酷いな、前王が犯した反逆罪とは何なのだ?」


「和解交渉です。人間国との……」


「なんだと?」


「前魔王の弟であるギュラスが反逆罪と騒ぎだし、前魔王は捕まりました。そして、殺されました」


「酷いな、魔国では平和は忌むべき事なのか?」


「いえ、前魔王や一部の者以外は戦争に反対でした!ですが、現魔王や上位の者の命令には逆らえません」


「そうか、人間国も魔国も変わらんか、戦争などしたいのは中央王国とその他一部だけだ……。しかし、お前は何者だ?魔王の反逆罪や代替わりは初めて聞いたが、魔国では周知の事実なのか?」


「い、いえ、私は、前魔王の娘です……お父様が殺される前に、お母様が城から逃がしてくれました。お母様はどうなったか知りません。すぐ奴隷狩りに捕まったので……」


 ヴァイドも元気も言葉を失う。

その時だった奴隷の中から声が上がる。


「お前の親父が不甲斐ないから、俺達の家族が殺されたんだ!」


「そ、そうだ!俺らは何も悪くねぇ!」


「責任取って、お前も死ね!」


「私の子供を返して!!!」

 罵声がどんどんアイリスに降りかかる。


「アイリスを保護しろ。元気」


「わかりました」


 元気は奴隷の中へ飛び入り、アイリスを保護すると空へ爆発魔法を放った。

 爆音に驚いて騒いでいた奴隷達が静かになる。


「それ、便利だな」


「フフフ、そうでしょ?」


 アイリスを保護し元気はヴァイドの横に戻る。アイリスは今にも泣き出しそうにぷるぷる震えている。


「勘違いをするな貴様ら!アイリスも家族を失った被害者だ!家族を失ったのは貴様らが弱かった。それだけのことだ!人のせいにするな!奴隷根性も大概にしておけ!」


 静まった広場にヴァイドの怒声が響く。


「怨むべきは、現魔王であり平和を願った前魔王ではない!ましてやアイリスの様な子供では決してない!!!恥を知れ!!!」


 アイリスがそれを聞いて泣き出してしまった。これまで相当酷い仕打ちを受けてきたのだろう。静まり返った広場にアイリスのすすり泣く声だけが響いていた。


 その後、新たに増えた奴隷達の食料と水を置くと、奥のテントに戻り。これからの事を話すことにした。


 テントの前では、グレイとミノスのチャンバラをフェルミナが、それ!今だ!かぁ~惜しい!などと言いながら、楽しそうに観戦している。


 それを横目に元気達はテントに入る。そして元気は、アイリスを膝の上に載せた。元気は小さい女の子はとりあえず、膝の上に載せるべきである。との考えを持っている。


「あの、先ほども思ったのですが、ミノスが何故ここに?」


「お、ミノスを知ってるのかい?アイリス?」


「はい、お父様が捕まってからは会ってませんが、それまではお父様と仲良くしいて、お城にも兵士達の訓練をしに良く来られていました」


「そうなんだね。じゃ、後でお話しするといいよ」


「良いのですか?その、私は奴隷で犯罪者の……」


「気にしなくていいよ。ここは魔国じゃ無いんだから、もう大丈夫」


 それを聞いて、また泣き出しそうになるアイリス。泣かれたら困るので、ジュースとお菓子を出してあげる。


「なんですかこれは?」


「フフフ、食べてごらんビックリするから」


「おい、元気。顔が変態のそれになっているぞ、俺にも何か出してくれ」


「悪口を言っておいて、何かくれとは大概ですね叔父上……。はいどうぞ」


 そのやりとりを見てアイリスがクスリと笑い、お菓子を驚いた様子で食べる。思った通りの反応に元気が満足していると、ヴァイドが飲み物を吹き出す。


「何だこれは!ピリピリするぞ!毒か!?」


 それを聞いて、元気の膝の上でアイリスがビクッとする。


「失礼な、コーラという飲み物です。飲み慣れて来るとそれがクセになるんですよ。ゆっくりのんでくださいね」


「先に言え!馬鹿者!」


 アイリスが毒じゃないと聞いてホッとする……。本当にどんな生活を送って来たのだろうか?と元気は思う。


「で?奴隷達をどうするか思い浮かんだか?」

 ヴァイドも近くの椅子に座り。コーラをチビッと飲みながら話しかけて来る。


「さっきアイリスが言ってたけど、ミノスは兵士の訓練をしてたみたいですし、ミノスを教官に据えて、兵士にするってのはどうでしょう?現魔王の話しを聞くと、また来そうじゃないですか?」


「ふむ、元気の案にしては悪くは無いし、報復に来る可能性は大いにあるな」


「それで、男達は兵士で女性は衛生兵って感じにすれば、差別も減ると思うし士気も上がると思います」


「何故だ?」


「男ってお馬鹿でしょ?」


「それだけで真意を説明するお前のそれは、才能なんだろうな。言いたいことは解った」


「それに、やっぱり衛生兵が足りないと思います。結局死ななきゃ兵力は減らないんですから」


「言いたいことは理解したが、生活費はどうするのだ?300を越える数だぞ?」


「それは、まぁ、叔父上の采配で……」


「無理だな、この領地の財政はカツカツなのだ」


「お金かぁ~。あぁ、大丈夫だよアイリス。ほらあんパンお食べ」


 心配そうに見上げるアイリスにあんパンをあげる。


「魔力でお前は食材を出せるだろうが、毎回そうも行くまい。金貨を出すのは犯罪なので駄目だしなぁ、駄目だしなぁ……他に方法はないもんかなぁ……駄目だしなぁ……」


ヴァイドが元気を見ながら、わざとらしく溜息をつく。金貨は中央発行の純金を使った物なので複製が難しく、魔力消費が大きい。


「はぁ、真面目に働いてるミリャに申し訳ないから今までしませんでしたけど……今回限り何処かの誰かから、難民支援の寄付があるかも知れませんね」


「ふむ、そうか、何処かの誰かからか、神さまはいるのだな」


 良くいうよ。と思いながら元気は溜息をつく。


「子供達は孤児院へ送って、アイリスは俺が保護しときます」


「ふむ、そうだな。城に連れて行っても良いがメルディがいるからな。お互い慣れるまでその方が良いかもしれん、家族が一緒の奴隷達には、兵舎の一室を一緒に使って貰う様にしよう」


「粗方決まりましたね」


「見切り発車にも程があるがな」

 お腹が膨れ安心したのか、ウトウトし始めたアイリスをテント内のベッドに寝かせる。そして元気はテントから出ると、ミノスとグレイを止めて顛末を話す。


 話しを聞いた二人は、快く快諾してくれた。


 ミノスはアイリスが生きていたことに涙を流しながら喜んだ。行方不明であったアイリスをずっと探していたらしい。

 現在前妃は幽閉され、現在は面会も出来ないとのことだ。


 元気がミノスに、アイリスと会ってきたら?というと、起きてからでよい。とのことでミノスも一緒に広場へ向かう。

 ミノスは優しい男だな。と元気は改めて思った。


 ミノスを連れて元気達が広場へ登場すると奴隷達がざわめいた。


「ミ、ミノス様だ!」


「何故、ミノス様がここへ?」


「我々を救いに来てくれたのか!?」


「者ども!静まれぃ!」

 ざわざわする奴隷達に、ミノスが一括すると広場が静まりかえる。


「我、魔王軍幹部であるミノスは!ここにいる元気を王と据え、つかえる事にした!

 現魔王の愚行は目に余る!民を奴隷にし、陵辱し、やりたい放題だ!お前達は許せるか!大切な家族を殺し、家を焼き、人権さえ奪った魔王を許せるのか!」


「ゆ、許せるわけありません!!!」


「わ、私も!!!」


「お、俺も!!!」


「当たり前だ!許してよい訳が無い!前王が願ったのは貴様らの命と平和だ!!!

 現魔王はそれを踏みにじったのだ!!!

我は現魔王を王とは認めぬ!!!我は今でも前王と同じく、貴様らの命を尊い物だと思っているからだ!!!」


「ミノス様~!!!」


「ここにいる元気は前王の様に平和を願っており。我々の命を、自由を守ってくれた!そして我々に、再起のチャンスをくれたのだ!

 今から説明を行うので、心して聞くように!!!」


 広場が熱気を持ったまま、シンと静まりかえる。


 ミノス煽りすぎだろ!と元気は思ったが話しが早くすみそうなので、乗ることにした。


「魔族の諸君、私が先ほど紹介にあずかった元気である。其方達の生活は、保証するので安心をして欲しい。そして次は魔国の進行から我が身を、そして隣人を守れるように、それぞれが切磋琢磨し生きて欲しい。それが私の望みだ」


 まだシンとしている。格好つけすぎた様で盛り上がりが足りないようだ。


「奴隷生活は終わった!君達は自由を手にしたんだ!空を見上げて喜び、叫べ!お前らは自由だぁぁ!!!!!!」


「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


 奴隷達が一斉に叫ぶ、何とかなったようだ。


「なかなかやるではないか元気よ、流石我が王と認めた男だ」


「王って何だよ、友達だろ?」


「フフフ、そうだな友よ感謝するぞ」


 その後、兵士の分配を行い。男組が役200名グレイとミノスと兵舎へ、女組役80名がヴァイドとアルビナと衛生兵の宿舎へ、残り20名の子供達はフェルミナと騎士団と孤児院へ向かうことになった。


 それを見送ると、元気は静かにキャンプへ向かって合掌を行い。眠っているアイリスを抱っこして家路につくのだった。

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