母上
「うむ、良く来たな其方達、歓迎するぞ……む?ミールはどうした?」
「逃げました」
「もう!元ちゃんたら!ミールは私の代わりに孤児院の手伝いに向かってくれました」
「そうか、それならば仕方ないな。嘘は感心せんぞ元気よ」
「いや、今まで一度も手伝いに行かず遊んでたミールが、朝早くから起きてきて。今日は僕が孤児院に手伝いに行くよ。とミリャの返事を聞かないまま家を飛び出して行ったんですよ?」
「げ、元ちゃんもう良いから!」
「え~、ミリャも俺が嘘つきだって思うのかい?俺、悲しいよ」
「そ、そんなこと言ってないわよ!?」
焦る姿も可愛いなぁっと元気が思っていると、ゴホン!っと咳払いが聞こえる。
「し、失礼しました叔父様!本日はお呼び頂き有り難う御座います」
元気とミリャナとポタンで礼をする。
「ふむ、仲が良いのは良いがイチャつくのは挨拶をして席に座ってからでも良かろう」
フフッと笑いヴァイドが二人を席に座る様に促す。椅子に座る前にミリャナと元気はヴェルニカとメルディへ同じ挨拶をする。
「ようこそいらっしゃいました。ミリャナに元気にポタン。お待ちしておりましたよ」
「お姉様にお兄様!そ、それにポ、ポタン!御機嫌よう!」
ヴェルニカは和やかだが、メルディは何故か緊張している。両者の挨拶が終わると執事のメルヒオーネが椅子を引いて座らせてくれた。
「有り難う御座います、メルヒオーネさん」
「いえいえ、お嬢様」
ミリャナとメルヒオーネはお互いニッコリと笑顔で挨拶を交わす。次は元気の番である。
ミリャナの時と同じようにメルヒオーネが椅子を引いて元気を座らせてくれる。
「有り難う御座います。メルヒオーネさん」
ミリャナのマネをして笑顔で挨拶をすると、笑顔を返してくれ、元気は一安心する。
しかしミリャナと元気の間でベビーカーに座ったポタンに元気は叩かれた。
何だろう?と思ってポタンを見るとポタンの口が、『挨拶!自己紹介!』と動いていた。
「あ!あの!俺、いや!わたくしはミリャナさんの所にお世話になっております。元気と申します。よろしくお願いします。挨拶が遅くなってすいませんです!」
「ご丁寧に有り難う御座います。わたくしめは、領主代々執事を務めております。メルヒオーネと申します。以後お見知りおきを」
メルヒオーネがお辞儀をしたので、つられて元気もお辞儀をする。その後元気は椅子に座った。
元気が不安げにポタンを見ると、ポタンが片手で頭を抱え呆れたポーズをしていて、ミリャナが恥ずかしそうに下を向いていた。
何か駄目だった様だ。
もう帰りたい。
「まったく、元気は見ていて飽きないな」
「フフフ、お名前通り元気があって宜しいではないですか」
「ポタン、メルヒオーネには其方がエルフであると伝えてあるので、遠慮無く喋っても良いぞ。信用出来る男だ、元気に挨拶の仕方を教えてやると良い」
「はい、お爺様」
そういうと体をメルヒオーネの方へ向けてポタンが挨拶を始める。
「先ほどは父が失礼を致しました。そして乳母車の上からの挨拶、重ね重ね失礼致します。わたくしは父元気と母ミリャナの娘。ポタンと申します。人間の父兄を持つ変わり種のエルフでは御座いますが、今後とも仲良くして頂けると、嬉しく存じます」
その後ペコリと頭を下げて、笑顔を返す。
「これはこれはご丁寧に、旦那様から伺っておりましたが、聡いお子様であるご様子。本日お目見え出来たこと、心より感謝いたします。わたくしは代々領主様の執事を務めております。ハーフエルフのメルヒオーネと申します。混ざり物の分際ではありますが、これを機会にポタン様と良いお付き合いが出来る事を、心から願っております」
そういうとメルヒオーネがポタンにニコリと笑顔を返し、丁寧にお辞儀をする。
「ハーフエルフだろうとダークエルフであろうと、私達は同胞であり同じ種です。なので混ざり物の等言わないで下さい。今度うちに遊びにいらして森のエルフ達とお話しをしてみると良いでしょう。皆歓迎してくれると思いますよ」
「有り難きお言葉感謝します。母が自分は裏切り者だから。と言いながらも森の皆に会いたがっております。なので是非とも……。是非とも、母と一緒に伺わせて頂ます……。その時は……」
そこまで言うとメルヒオーネは目頭を押さえ上を向いてしまった。
「歓迎します!メルヒオーネさんいつでも遊びに来て下さい!な!ミリャ!」
「えぇ、メルヒオーネさんならいつでも大歓迎ですわ」
「失礼しました……。元気坊ちゃま、ポタン様、ミリャナ様、心から感謝致します」
そういうとメルヒオーネは深々と礼をする。
「気にしないで下さい。メルヒオーネさん。ね、元ちゃん?」
「ん?うん。そうだね。気にしないで良いんですけど、何で俺だけ坊ちゃまなの?」
メルヒオーネ礼をしたままピクリとした。
「パパ?挨拶もまともに出来ないのに、何で元気様って呼ばれると思ったの?」
「あぁ!なるほどね!それが理由なら良いんだよ。でも、俺って背が低いじゃん?だから子供と思われたのかと思って、すいませんメルヒオーネさん。勘違いでした」
「い、いえいえ、お気になさらないで下さい、わたくしも配慮不足でした」
何か、変な汗が額に浮いているが、ポタンに言われた様に、挨拶出来ない俺が悪い面もあるな。と思い元気は見なかったことにする。
「話しは終わった様だな?では今日の予定を話して良いか?」
「あ、ちょっと待って下さい叔父上、差し入れを持ってきましたので準備をして良いですか?えっと、ヴェルニカ様はこの前食べることが出来なかったので、食べたいかな~っと思いまして。それとヴェルニカ様の事は何とお呼びすれば良いでしょうか?」
元気がヴェルニカに目を向けるとソワソワしている。メルディやヴァイドから話しを聞いてクッキーが気になっていたのだ。
「呼び名ですか?メルディを妹にしたのでしょう?母上でよろしくてよ?間違っても叔母様なんて呼ばないで下さいませね」
そう言ってヴェルニカがヴァイドを睨む。
するとヴァイドが目を逸らす。
「じゃ、メルヒオーネさんお茶準備をするところに案内して貰っていいですか?」
「お客様にそんなことをさせることは出来ません。品物を渡して頂ければわたくしが準備致します」
「そうですか?じゃ、お願いします」
そういうとテーブルの上にクッキーが大量に詰まった大きめのタッパーを出す。
「そ、其方、何をしているのだ?」
「え?魔力でクッキーを出したのですが?あぁ、ちゃんと紅茶も出します!安心して下さい!」
「そうでは無い、この後防壁の修理があるのだぞ?」
「え?全然大丈夫ですよ?」
そう言えば誰かが魔力で料理を出すことは無い。と言っていた気がする。
ヴェルニカとヴァイドが驚いている中で、パックの紅茶を一人二つ分出す。
そしてメルヒオーネへ渡し、お茶の準備をお願いする。
「本当に、其方の行動にいちいち驚くな」
「そればかりは慣れていただくしか無いですね」
「う、うむ。善処する」
元気の出したクッキーをメルヒオーネが持って行き、メルヒオーネがお茶の準備をしている間に雑談が始まる。
「しかし、あれだな?元気は元の世界で礼儀作法等は学ばなかったのか?」
「そうですね、元の世界では平等が基本で階級社会が殆ど無かったんです。まぁ貧困の差はありましたけど。殺したり、殺されたりなんて無かったし、モンスターみたいな物もいませんでした」
「信じられんな、そんな世界理想そのものではないか?」
「そうですね、でも平和すぎると人は怠惰になります」
「ほう?では其方が元の世界での基本であるのか?」
おっと?ブラックジョークだろうか?
まぁ、怠惰なのは事実なので流しておく。
ここで怒り出すほど子供では無い。と元気は話しを続ける。
「お爺様、パパみたいな人は少ないですよ。書物等で読んだだけですが、他の人達は切磋琢磨しております」
「ふむ、そうか他の人達は切磋琢磨しておるのか」
「まぁ、そうですね」
「其方は切磋琢磨しないのか?」
「う~ん、どうなんでしょうね?今のところは生きて行ければ良いかなぁ。と思うってのが本音ですね、毎日楽しいですし」
「しかし、こういう場で挨拶が出来ない様では宜しくないのではないのか?」
確かにそうだなと思うところが多々、多々ありありすぎた。
「しかもポタンに諭されている姿は目に余る物があるぞ?」
確かに、最近ポタンに頼りすぎている気もしているし過ぎているかも知れない。
だが、ポタンが賢いのは良いことだ。
「しかも、無職だ。これから金が必要になったらどうするのだ?」
確かにエルフが町に出るとき、無一文は良くない。お金の使い方を教えないと。ってか俺もあんまり知らないなぁ。と元気は考える。
元気はこの世界に来てから、お金を使ったことが無かった。
その後も無知であることをヴァイドに指摘されながら受け答えをする。元気は覚える事がいっぱいあるなぁ。と思う。
「此方の世界へ転移させられた事には同情するが、怠惰過ぎるぞ」
「パパは怠惰の化身かも知れませんね」
「怠惰の化身か、ポタンは面白いな」
そういうとヴァイドとポタンが笑う。酷い言いようだが、間違ってないので合わせて笑っておこうとした時だった。
ダン!っとテーブルを叩き誰かが立ち上がった。
「お爺様!元ちゃんを馬鹿にし過ぎです!ポタンもよ!」
ミリャナだった。
凄く怒っている。それを見てヴァイドもポタンも驚いている。
「元ちゃんは、毎日家事や洗濯、私やミールやフェルミナの面倒に、エルフさん達の面倒を見てくれてます!怠惰なんかじゃありません!挨拶なんか出来無くたって、お貴族様と関わらなければ良いだけだわ!お金だって無くたって生きていける!元ちゃんも元ちゃんよ!言われ放題で悔しくないの!?私は悔しいし悲しくなるわ!!叔父様でも私の家族を馬鹿にしないで!!!」
そういうとミリャナは椅子に座り、顔を覆って泣き出してしまった。
ヴァイドと元気は顔を見合わせる。
ヴァイドが元気にどうにかしろ!と目でいっている。焦っている様だ。
「ミ、ミリャ!ち、違うんだよ、多分だけどね、俺が知らないことを叔父上が一つ一つ教えてくれているんだ。言い方はキツいけどさ、男同士ってこんなもんなんだよ?」
「う、うむ。すまないミリャナ、近くに男がいないものでどうも、息子か弟が出来たような気分になってしまってな。つい厳しい言い方になってしまってな」
「パパは言わなきゃわからないから、その、あのね、ママ、ごめんなさい!」
場の空気が凍ってしまっていた時。タイミング良くメルヒオーネが戻って来た。
「おやおや、どうされたのですかな?」
「メルヒオーネ、ミリャナを化粧直しに連れて行ってやってくれ」
「かしこまりました、ささ、お嬢様お手を」
ミリャナが部屋を出ると皆がホッとする。
「驚いたな。ミリャナが声を荒げるなど、よほど元気を馬鹿にされたのが頭にきたのだな」
馬鹿にしていた自覚はあるのかと元気は思ったが流しておく。
「そうですね、てっきり大人しい娘だと思っていました」
ヴェルニカも愕いている。
「そうなんですか?家では結構怒ってますけど?」
「パパとミールとフェルミナにだけね」
「パパには時々だろ?」
ミリャナがいないところではポタンは遠慮する気はない様だ。
「あの、俺は元々孤児でしてその、自分の事では怒れないと言いますか、自分の為に頑張ることが出来ないんです」
「何故だ?」
「幼少期から、色々と我慢をし続けた人間は、自自己肯定感が薄くなると本で読みました。そして手に入らない事に慣れてしまい物欲等が薄れて行くとも書いてありました……パパのことですね」
ポタンが元気の代わりに説明する。
本当に良く出来た娘である。
「ふむ、では死に直面したら其方はどうするのだ?あぁ、すまぬこういうのもミリャナはすかんだろうな。気をつけ無ければな」
「ミリャは優しいですからね……死に直面したら、諦めるかも知れませんね。此方の世界に来るまで家族なんていませんでしたし、過去も未来もどうでも良かったんです」
「ほう、語り口が過去形だな?」
「今は、ミリャもポタンも、勿論メルディもいますからね簡単には死ねませんよ。ってか死にたくないですよ」
「そうか、話しにくい話しだろうに、話してくれて有り難う」
「いえいえ、特に今は気にしていませんので」
そう言い終わるとヴェルニカが元気にちかよってくるどうしたのだろうと?皆がヴェルニカの動向に目を見張っていると、ガバッとヴェルニカが元気を抱きしめた。
「ヴェ、ヴェルニカ!?何をしておるのだ!?」
「だって!こんな良い子が孤独だったなんて信じられないわ!あぁ!元気、私の事を本当の母だと思って甘えて良いのですからね。いつでも遊びに来なさいね」
「あ、有り難う御座います、ふぁふぁうえ」
この世界の女性は母性の塊なのだろうか?
抱きしめられるとふくよかなお胸に顔が埋まり良い匂いがする。
とりあえず元気は鼻で大きく深呼吸しておく。
元気の物欲等は低い部類であったが、ぼんのうは旺盛だった。
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