幸せ

 元気とミールは魔力で特訓と称して、ひとしきり遊んだあと。ミリャナの帰宅を待っていた。


「元気、僕が死んだことは絶対に内緒だぞ!」


「わかったよ、でもいつかは明かさないとだろ?いつ言うんだよ?」


「うーん、気づいてからでいいよ。君が見えてない間も、話とか聞いてたんだけどさ。俺のために今、姉さんは頑張ってるんだろ?死んだの知ったら、姉さんがどうなるか解んないからさ。まぁ、5年も音信不通なんだ、薄々は感づいてるとは思うけどね」


 寂しそうに笑うミール、この笑い方をされるとどうも調子が狂うので辞めていただきたい。


「とりあえず。さっき話した通り君のプライバシーは守るからさ」


「あぁ、それは本当に頼むよ。夜の間は屋根裏に潜んでおいてくれ。あんな本やこんな本をいっぱい出してやったんだから、夜中こっそり部屋を覗いたりするなよ!」


「姉さんの部屋ならともかく、元気の部屋なんて覗かないよ。君のもぞもぞしてるの姿を見たところで気持ち悪いし」


 気持ちの問題なのだと元気は思う。


「おっし!できたぁ!」


「おぉ!美味しそうだね!僕にも送ってくれよ!」


 ミールがねだっている物はデミグラスハンバーグ、とふわふわのパンとコーンスープだ。


 最近はずっと、元気が夕食を作っている。

 

 こちらの料理は、肉や野菜を焼く。煮る。だけなので、誰が作っても一緒なのだ……だが、今日は違った。


「夕食まで待てよ、皆で食べるんだから」


「あ、そうか、姉さんには見えないけど、君には見えるんだったね」


 ミールが少し嬉しそうだ。まぁ、今まで孤独だっただろう、気持ちは痛いほどわかる。


「ミール!今日から俺は、ミリャへ本気で恩返しを始めるぞ!」


「おぉ、良いねぇ!さすが元気!で、何をするんだ?」


「わからん、わからんけど、俺が甘やかされている分以上に、これからミリャをあまやかそうと思う!仕事もしなくて良い。と言って俺の話を優しく聞いてくれて、つまらなくても笑ってくれて、寂しくないかといつも寝るまで頭を撫でてくれる!そんなミリャが幸せにならないでいいわけがないんだ!」


「殆どは同意するけどさ、撫で撫ではそろそろやめたら?」


「やだよ、グッスリ眠れるんだから」


 真顔で答えたら、ミールに微妙な顔をされた。


 ミールとすったもんだしていると、ミリャナが帰って来た。


「ただいま?さっき誰かと話していた気がしたんだけど大丈夫?」


「う、うん、最近、独り事がおおくてさ……大丈夫!」


「そう?ならいいけど、何かあったら直ぐに教えてね。話を聞くしか出来ないかもしれないけど、力になるからね」


「うん、ありがとう!」


「何か凄く良い匂いがするわね、何の匂いかしら?」


「今日はさ、ちょっと面白い事があってね。とりあえず座りなよ!色々話すことがあるんだ!」


「フフフ、なんだかとても嬉しそうね、話を聞くのが楽しみだわ」


 ミリャナはそういうと台所で手を洗った後席についた。


「これは何かしら?見たことないけれど、食べ物かしら?もの凄く良い匂いがするわ」


「フフフ、まぁ食べて見てよ!」


 元気はミリャナに食事を勧めると、スマホの録画ボタンを押す。


「それはなぁに?黒い板から音がした気がしたけど?」


「諸々後で話すよ、さぁ食べてみて!」


 ミールにはかしこみで送ってある。待ち遠しくて堪らない様子だ。ミールは元気の隣に、ミリャナは正面。ミリャナの後には玄関のドアがある。


「じゃ、ありがたくいただきます!」


 ミリャナがハンバーグを口に含む。


「うみゃぁぁぁぁうあいひぃひぃひぃ!」


 ガツガツ食べ始めたミールが五月蠅くてしようがない。


「えぇぇぇぇぇぇ!?何これ!凄く美味しいわ!なんて例えたらわからないけど、美味しいわ!」


 ミリャナが目を見開き、頰を染めながらハンバーグを次々と口へ放り込む。ミールと違い、食べ方は綺麗だがいつもよりもはるかにスプーンが進むのが早い。


 ハンバーグを飲み込むたびに、油で湿ったミリャナのぷるんとした唇から、艶めかしい吐息が漏れる。


 ハンバーグの美味しさにうっとりしているミリャナの頰や額には汗が滲んでおり、所々に髪の毛が汗ではりつき、額から流れる汗がツツツっと胸元へと流れる……。


 元気はそれを見ながら、ハンバーグってこんなにエロい食べ物だったっけ?と困惑した。


 その後、コーンスープのトロトロっとした甘さと、パンのフワフワ感にも驚きながらミリャナが食事を済ます。


 ずっと元気の隣でやかましかったミールも、食事が終わって大人しくなった。


「とっても、おいしかった!ありがとうね元ちゃん!」


「ミリャに喜んで貰えて俺も嬉しかった。

 そうだもう一つ!」


 元気はテーブルの下からスニーカーと靴下を出した。


「え?靴かしら?それと手袋?どうして?」


「これは、手袋じゃなくて靴下だよ。いつも木の靴を履いてるし、町まで結構あるくんでしょ?少しでも楽になったらな~と思ってさ、それに時々靴擦れするって言ってたろ?」


「言ったけど……。木じゃない靴なんて履いてるのはお貴族様位なのよ?凄く高価なものじゃない?どうしたそれ?まさか、元ちゃん……。ミールと同じように……」


 さっきまで幸せそうにしていたのにミリャナが凄く不安そうな顔をしている。


「いやぁ、貧乏だとついつい手癖が悪くなっちゃうんだよねぇ」


 へっへっへ。とミールが小悪党の様に笑う。今度こいつの前で、何か美味しい物を食べて自慢してやろうと元気は心に決めた。


「ち、違うよミリャ!実は俺、魔法を使える様になったんだ!」


「ま、魔法!?」


 ミリャナの顔から表情と色が、一瞬にして消え、そして息使いがはっはっはっはと短く早くそして荒くなる。


「あ、貴方も私をおいていくの?私はまた独りぼっちになるの?」


 ミリャナの身体が小刻みに震えだし、ぽつりぽつりとミリャナの瞳から涙がこぼれて行く……。


 失敗した!最近は泣かなくなっていたのに!と焦る元気はミリャナの心の地雷を踏んでしまった様だった。


「泣かないで姉さん!おい!どうにかしろって!元気!」


 ミールもオロオロしている。


「ミ、ミリャ!泣かないで!俺はどこにも行かないから!泣かないで!ミリャが悲しいと俺も悲しいよ!」


 元気は、語彙力が足りない事に歯痒さを感じ、必殺。ひょっとこ踊りをしようと立ち上がる。


「ねえさん!愛しているよ!大好きだ!この世の何を捨てても!もう二度と、僕も何所にも行かない!ほら、元気!言って!伝えて!僕の気持ちを伝えて!ほら早く!ほらほらほら!」


 ミールがわめきながら元気の服を引っ張り体を揺する。ぐぬぬ、横でうるさい!とミールにイラッとしながら、ミールの言葉を覚えている限りで……復唱した。


「この世の何を捨てても、何所にも行かない!大好きだ!愛してる!」


 ミールにつられて口から出た言葉は、他人が言うととんでもない物だった。


 元気は、鼻血が出るかと思うほどに体中の血が駆け巡る。


 騒がしかったミールが、今は静かに元気を見ながらポカンとしている。


 そして元気がミリャナへ恐る恐る目をやるとミールと同じ顔でポカンとしている。


 あぁ、姉弟だなぁ~と、元気は感心する。とりあえずは泣き止んで貰えた様だ。


「げ、元ちゃん、き、気持ちは嬉しいけど、一緒に住み始めて……あんまり時間はたってないし……。まだ早いと……思うのよそういうの……」


 そういうとミリャナは、そっと耳を隠した。ペロリとされると思ったのかも知れない。


「あぁ~!もう!違わないけど、違うんだ!

 ミリャ!」


 ミールの事は今は言えない。


「と、とりあえず何所にも行かないから!これ、受け取ってよ。日頃のお礼だからさ!捨てるわけにもいかないでしょ?」


 「…………。じゃ、じゃぁ……。フフフ……ありがとう」


 ミリャナは少し戸惑っていたが、受け取ると大事そうに、プレゼントを胸に抱え込んだ。


 元気は、泣き止んだミリャナを見てホッと安心した。


「あの、げ、元気さん……。わたしお部屋に戻るわね。お皿洗いお願いします。お休みなさい」


 そそそと部屋に戻って行くミリャナ。あからさまな他人行儀になってしまった。


 最近、仲良くなってきてあだ名で呼び合うまでになっていたのに!そう思いミールをに睨むと。


「あれは、僕でも引くわ」


 と面白がっている。


「お前、当分、ご飯とおやつ無しな」


 その後、謝り散らかしてくるミールを背中に洗い物を済ませると。部屋に戻りベッドに潜る。昼間に魔力を結構使ったせいか、眠気が強い……ミールは昼間改造した屋根裏へ戻った。


 屋根裏は今、ネットカフェの個室みたいになっている。居心地は悪くない。元気はミールに、幽霊は夜寝ないと聞き、結構な量の本とゲームを出してやったのだ。


 その結果。魔力が半分以上消えた。


 明日、何しようかぁ~と、元気がウトウトしながら考えていると、部屋のドアが開いてミリャナが入ってきた。


「どうしたの?」


「あ、あのね、な、何もしないから、今日は一緒に寝てもいい?」


「うん、いいよ」


 ミリャナがそんなことをいいながらベッドに入ってくる。ミリャナは何もしないからと言ったが、俺が何もしないとでも思っているのだろうか?


 普通は逆じゃ無いのか?と元気は思い。エロ展開を期待したが、部屋に入ってきたミリャナの目の周りが、真っ赤に腫れていたのを見て。そんな事は考えられなくなった。


 しかし、背中に当たるふくよかな2つのプリン体はどうしたものか?


 一部固いが。こんなに柔らかい物なの?とエロ展開は辞めた元気だったが、ドキドキはしてしまう。


「今日はごめんね。その、何か変な感じになっちゃって。慰めてくれたんだよね。ありがとう」


 元気の頭を撫でながらミリャが話し出す。


「5年も独りで居るとね。夜が怖いの……。明日はどうなるんだろ?ミールが帰って来るかもって思う半面、もしかしたらって。だからね、元ちゃんには本当に感謝してるの、独りぼっちじゃ無くなったから」


「ミールは、どんな弟だったの?」


 ミリャナは少し考えたあと、少し笑って答えてくれる。


「良く悪いことをして、父さんに怒られてたわね。怒られた後は私の所に来てぎゅってして~って。フフフ、甘えん坊になるの。それでぎゅってしてあげると、また遊びに行って、悪いことして怒られてたわね。早く会ってギュッてしてあげたいわ」


 ミールは甘えん坊のお馬鹿な子だな。本当に馬鹿だ。


「そのうち、会えるさ」


「フフフ……。うん、そうね。きっと会えるわ……。それまで私もしっかりしなきゃね」


 ミリャナに対して元気は……チクリと胸が痛んだ。


 2人ともお互いを愛しているのに、もう二度と会えない。


 内緒にしろ。と言ったミールを恨んだが、恨んだところで元気には、ミリャナに真実を伝える勇気は無かった。


 話し終わると、ミリャナの呼吸が寝息に変わる。誰かに抱かれて眠るのは、こんなに心地が良いのか。と元気は思いながら……ミリャナの寝息を子守歌にしながら。元気も眠りについた。


 朝、目が覚めると。まだミリャナはまだ眠っていた。


 綺麗だ。としか言い様がない寝顔を眺めていると、ミリャナがゆっくりと目を覚ます。


「おはよ」


 ミリャナが少し頰を染め、微笑しながら元気に挨拶をする。美しすぎるその光景に元気はドギマギしながらーー


「お、おはよう」


 ーーそう返すと、心の中に何か暖かい物が溢れてくるように感じた。


 幸せってこういう感覚なんだろうか?


 顔が自然とほころんで、心がフワフワする。


 幸せな気分で天を仰ぐと……天井から顔だけ出したミールが、こちらをはんにゃ面の様な形相で睨んでいた。

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