第6話 十二月・七地蔵の秘密

 「うー寒い」


 空き教室の中で、コートを着て背中を丸くする私。暖房くらい使わせて欲しいけれど、同好会にはエアコンの使用許可が下りないのです。えーん。


 「寒いよ英美里」

 「うっさいわね。言わなくても判ってるわよ!」

 「廊下はそれなりに暖かいのに、どうしてこの部屋は寒いの?」

 「それはね、ほら」


 更科くんが指さす壁には、大きなひび割れが。


 「あそこから風が入ってくるからだよ」

 「うわーん、なんでそのままにしてるの!?」

 「ちゃんと補修するにはお金がかかるんだ。同好会予算から出せって生徒会は言うんだよ」

 「あんだって!?電源も使わせないくせに!?」

 「たまに僕が紙を貼っておくんだけどね、雨が降ると破けちゃうんだ」


 ああ、知ってしまうともうそこが気になって仕方ない。風を感じちゃう。


 「さーむーいー」

 「なんとかしなさい更科!」

 「うーん、土とか粘土みたいなもので埋めてみる?」

 「活動費からは出さないわよ」


 びしっと英美里が釘を刺す。更科くんは苦笑して、傍らのバケツを手に取った。


 「陶芸同好会が、粘土をどこかの空き地から拾ってるらしいんだ。粘土もらってくるよ」


 意気揚々と出かけた更科くんが、五分も経たずに戻ってきた。


 「おかえりー」

 「どうだった?」


 更科くんは、首を横に振る。


 「陶芸は夏の間しかやらないんだってさ。だから、粘土も在庫がなくて」

 「あら」

 「でも、どこで集めて来るかは聞いてきたから、今から取りに行ってくるよ」

 「あ、じゃ私も行こうかな」


 私も席を立つ。けれど英美里は動かない。


 「いってらっしゃいー」

 「んもう英美里ったら」

 「寒いのは嫌」

 「ははは、じゃあ行こう」


 わわわ、更科くんと二人でお出かけだ!バケツ片手にっていうのはあんまり可愛くないけど……おっと、スコップくらいあったほうがいいよね!私は部屋の隅に集めてある不用品の中から、ちいさなスコップを手に取る。


 「行こう行こう!」



 校門を出て道を南に。五百メートルも歩くと、市営バスの停留所がある。六地蔵という名前のバス停は、その名前の通り六体のお地蔵様が並んでいるそばにある。


 「ここの裏の空き地だってさ」

 「わー、勝手に入っていいのかな?」

 「なんでも学校の土地ではあるらしいよ。だから、同好会の人も先生に教わったんだって」

 「へええ」


 お地蔵様の横を抜けて空き地に入ると、枯草の原っぱの片隅にだけトタン板が置いてあった。更科くんがそれをめくると、下は黒く湿った土だった。


 「これだね」

 「じゃ、持って帰ろ」


 私はスコップでその柔らかい土をほじくって、バケツに入れる。粘り気があってきめ細かい土みたい。昔触ったことのあるのは油粘土と紙粘土だけど、そのどちらとも違う感じがする。とか言ってる間に、バケツが土でいっぱいになったよ。


 「むふふ、これで寒くなくなるのねっ」

 「うまくいくといいね」


 更科くんが微笑む。やっぱりさりげなく素敵だなぁ。そして二人でお地蔵さんの横を抜けて、学校に戻ろうと……


 「おや?」


 更科くんが足を止めた。


 「どしたの?」

 「ね、お地蔵様が七体あるよ」

 「え?」


 そんなことある?六地蔵ってことは六つでしょ?


 「いち、に、さん、し、ご、ろく、なな……」


 あっ!?七人いる!?


 「えええ?何これ?」

 「うーん、このはしっこのだけ新しいね」

 「こっちのが一番古いみたい」


 見た感じ、右端が一番新しくて左に行くにつれて古くなるみたい。と、そこで猛烈に冷たい風が吹き始めた。


 「あーもう寒ーい!」

 「戻ろう、英美里がきっと怒ってる」


七人いらっしゃるお地蔵様を後にして、私と更科くんは大急ぎで空き教室まで戻ったのでした。


 「遅いわね!」


 案の定、英美里は怒っていた。コートにマフラー、手袋までして椅子の上で膝を抱えている。こんなに寒がりだったかな?


 「あはは、じゃあさっそく隙間を塞いでみるよ」


 ビュービューと風の入り込む、幅五センチ・高さ一メートルほどのひび割れ。こんなの、学校の予算で直すべきでしょ?ここからさらに壊れたらどうするつもりなのかしら。私と更科くんは、バケツの中の黒っぽく粘りのある土を手に取って捏ねてみた。あ、確かに粘土っぽい。柔らかすぎもせず固すぎもせず、絶妙に形が作れる。


 「ちょっと美代子なにしてんのよ」


 あ、動物作ってるのがバレた。


 「なにそれ?馬?」

 「犬!」


 うう、どうせ私は不器用ですよ……作った犬をもう一度固まりに戻して、壁の隙間に突っ込む。おお、くっつくくっつく。


 「ところで英美里、そこの六地蔵なんだけど」

 「あー?バス停の?」


 更科くんが、粘土を捏ねながら言う。


 「七人いたよ」

 「あーあれね」

 「えっ、英美里知ってるの?」

 「あれずっと前から七人いるのよ、気づいてなかったの?」

 「ええええ」


 ぺとぺとと粘土で隙間を埋めながらも、私は驚きの声を上げた。


 「だってだって、六地蔵だよ?」

 「ただのメンバーチェンジよ」

 「ええええ」

 「うっさいわね、あそこのお地蔵様はいい感じに古びたら、余所で崩れたお地蔵様と交代するの」

 「なっなにそれー」


 いい感じに古びたら?ていうか、なんで英美里はそんなこと知ってるんだろう。


 「つまりあそこはお地蔵様がそれらしくなるための研修センターみたいなものなのよ。新品ぴかぴかのお地蔵様じゃいまいちイメージじゃないって人たちのために、あそこでああしてすすぼけるまで待つのよ」

 「すすぼけるって……」

 「やっぱり、ある程度風雪に耐えた感じがないとダメだっていう場所もあるのよ。道端にさりげなく立っているのは、古びたものじゃないと」


 よく判らないことを言うなぁと私は思う。


 「それってどういう意味?」

 「あーもう。お地蔵様って、村とか集落に悪いものが入らないようにとか、事故の多い場所のお清めに置くわけ。でもそういうのが新品ぴかぴかだと、まさに事故が多発してますって看板みたいでしょ?」

 「はあ」

 「だから、ちょい古のお地蔵様に需要があるってだけの話よ。見た目が新しかろうが古かろうが、開眼供養はするわけだから効果は同じ」


 隙間の一番上に更科くんが粘土を詰めて、やっとすきま風が収まった。ああ嬉しいな。


 「ふう、こんなもんかな」

 「わーありがとう更級くん」

 「後は、乾燥してひび割れが出来たらまた埋めるくらいかな」

 「絶対に学校側に直させてやるわ」


 腹を立てている英美里。そうよね、別に私たちが壊したわけじゃないのに、活動費から修繕しろだなんてひどいわ。でも。


 「でも英美里」

 「何よ」

 「なんでお地蔵様が七人いるって知ってたの?」

 「高等部に上がってすぐ、気になって調べたからに決まってるじゃない」

 「なんで気になったの?」

 「数えたからよ」


 さも当然のように英美里は言う。でも普通、六地蔵って言われたらそうなんだ、って思ってわざわざ数えなくない?


 「数えるかい普通?」

 「更科くんもそう思う?おかしいよね英美里」

 「なんでよ、当然じゃないの。川越の五百羅漢なんて538体あるのよ?」

 「それも数えたの?」

 「当たり前でしょ」


 当然だとばかりに言う英美里。


 「ちなみにあそこのお地蔵様、最大で十二人まで増えたことがあるわよ」

 「うわー倍だ」

 「道路工事とかでいったん撤去されるお地蔵様の、避難先にもなってるんだって」

 「あはは、そんなこともあるんだ。よく調べたね英美里」

 「ふ、ふん当たり前じゃないの。疑問を放っておく私じゃないわ!」


 更科くんに褒められて、英美里照れてる!


 「それさ、レポートにまとめたら、今月の活動報告ってことにできないかな?」

 「えー?こんなの不思議でも謎でもなんでもないわよ?」

 「私もいい思うなー、現に今七地蔵なんだし!」


 私と更科くんの勢いに押されて、渋々活動報告として英美里がまとめて提出したレポートだけど……



 何故か学校側からとても良い評価を頂き、ご褒美として空き教室の壁のひび割れの補修工事が行われたのでした。


 「学校側の行動基準が一番謎!!むきー!!」

 「あはは、怒鳴らないでよ英美里……」




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