第5話 十一月・コスモスに君と

 「コスモスって帰化植物なんだよ」


 更科くんのその言葉に、私は普通に感心する。


 「へええ、そうなんだ?名所とかあるし、日本に昔からあるものだと思ってた」

 「そんなわけないじゃないの、名前カタカナだし漢字も当て字よ?」


 英美里はいつだって偉そうだ。まぁ私も、自分がものを知らないことは自覚しているので言われても仕方ないとは思っている。


 「バラだってそうなんだから。あれは中国あたりが原産」

 「へええ、そうなんだ?」

 「違うよ英美里、日本にはいばらっていうバラの品種が自生してるんだ。イバラが訛ってバラになったと言われてる」

 「へええ、イバラってなんか西洋のおとぎ話に出てくるイメージがあるけど、日本原産のもあるのね?」

 「ちなみにハマナスもバラの一種なんだそうだよ。ローズヒップ」

 「ぐぬぬ、それで一本取ったつもり?」


 ああ、英美里悔しそう。


 「いや別に、そんなつもりじゃないけど」

 「いい気にならない事ね!それより今月のネタは、あんたが振るんじゃなかったの更科!」


 なんでいつも、英美里は更科くんに当たりがキツいんだろう?幼なじみだから遠慮がないだけなのか、それともツンデレのツン?ああでも基本的には誰相手でもキツいから、私の考えすぎなのかも知れないな。


 「うん、それなんだけどね。実はさっき言ったコスモス、食用ってのもあるらしいんだよ」

 「食用コスモス?」


 私は一瞬、おさしみパックの上に載っているタンポポのことを思い浮かべた。いやいやあれはタンポポじゃなくて菊のはず。食用菊?こないだ家でかじったそれは、プラスチック製の偽物だったなぁ。


 「あんまり聞いたことないわね」


 珍しく身を乗り出す英美里。こういう地味なネタに反応するなんて。


 「どうやって食べるの?まぁだいたい想像はつくけど」

 「花や葉、茎を生食が基本みたいだね」

 「サラダに混ぜ込む感じか」

 「あとは一度ドライフラワーにしてから、ふりかけみたいにして肉料理とか魚料理のアクセントに使う」

 「ふうむ、なんかパッとしないけども、馴染みがないってことは『あったら嬉しいけどなくても大差ない』って感じっぽいわね」


 まぁ的確な分析だと思う。スープのクルトンだって、あれば嬉しいけどなくても別に困らない。そういう存在って、あるよね。


 「あっ」

 「ん?どした美代子」

 「あたしの存在もそうなの?いたら嬉しいけど、いなくても構わないみたいな」

 「何馬鹿言ってんの。あんた自己評価低すぎなんじゃないの?ちゃんと同好会だって三人揃わないと始めないようにしてるじゃないの」

 「そっか、変なこと言ってごめん」


 更科くんはただにこにこして私たちの会話を眺めている。うう、ちょっと恥ずかしい。柄にもなくマイナス方向の発言をしてしまった。


 「とりあえず今月は、僕が育てた食用コスモスを試食するということで」

 「ちょっと待てい」


 英美里がガッと立ち上がった。


 「ん?」

 「なにそれあんた、この日のために育ててたの?」

 「そうだよ。本当は春に蒔いて夏あたりに収穫するんだけど、ちょっと種蒔きをずらしてみたんだ」

 「ちょっと待って」


 英美里は何か目を閉じ、額に手を当ててぶつぶつ言ってる。


 「あんたが変なのは昔からだけど、なにそれわざわざ自分の部屋で育ててたの?」

 「もちろん。うち室内犬いるから、一年中エアコン入れてるだろ?だから季節とかあんまり関係ないんだ」

 「へー更科くんとこ犬飼ってるんだ?」

 「もうおじいちゃんでね、散歩もあんまりしたがらないくらいなんだ。だからいつも涼しくしてないとダメなんだよ」

 「いいなー、どんな種類?名前は?」

 「セントバーナードでワッフルっていう名前だよ」

 「かーわいい名前!」

 「あーもういいわ、そのコスモス食べましょ」


 私と更科くんの会話が盛大に脱線したので、英美里は大きくため息をついてそう宣言した。


 「今月は食用コスモスの試食会で、どうしてこれが一般化しないかについて考察するという形にしましょ」

 「考察?」

 「あのね。食べるだけじゃネタとして弱いでしょ?どうせ大して美味しくないんだから、そこまでして食べる理由と広まらない理由のどっちかは必要でしょうが」


 ああそうか、学校に提出する活動報告か。なんだかんだでちゃんと考えている英美里は、やっぱりリーダーに向いてるなぁ。


 「じゃあ土日で収穫するから、来週月曜に食べてみよう。各自好きなサラダを持参して、載せて食べようか」

 「はーい」

 「サラダ持参か……ま、コンビニで何か探すわ」


 と、そんなわけで今月は更科くん栽培の食用コスモスの試食会です!





 というわけで明けて月曜日。放課後に集まった私たちは、家庭科室の冷蔵庫に入れさせてもらっていたサラダを各自持ち寄っての試食会に突入するのですが……


 「なにそれ」

 「ん?」


 私のサラダを見て、英美里が首を傾げる。


 「これ?もやしのパリパリサラダだよ」


 最近私がハマっている、もやしのパリパリサラダ。茹でてから冷やしたもやしに、細い油揚げ麺を揉みほぐしたものを混ぜ込んでドレッシングを振りかけるという、食感が面白いサラダなのです。


 「それサラダなの?」

 「うん、そういう名前だもん」

 「で、更科のそれは?」

 「僕のは紫タマネギ入りのポテトサラダ」


 ニンジンにきゅうり、ハムと紫タマネギの色も鮮やかなポテトサラダが、タッパーにみっちりと詰まっている。美味しそう!


 「それってサラダ……なのか、一応」

 「そういう英美里のだって、それマカロニサラダじゃない」


 そう、英美里が持っているのは近所のスーパーで売っているお惣菜のマカロニサラダだった。ここのはコーンが多くて美味しいのよね。


 「ただのマカロニサラダじゃないのよ!これはスパゲティも入ってるんだから!」

 「でもまぁ、三人とも普通にイメージされるサラダじゃないんだなぁ」


 たはは、と更科くんが苦笑する。そう言われたら確かにそうだね。


 「で、これが食用コスモス。ざっと洗って切って来たよ」


 更科くんがもうひとつタッパーを取り出して、蓋を開けた。そこにはコスモスの可愛らしい花がいくつかと、緑の茎と葉が刻んで入れてあった。


 「あら、花はピンクじゃないのね?」

 「食用は色が薄い傾向らしいんだ、ちょっとだけピンクだよ」

 「そう言われれば確かに、ちょっとだけピンクだわ」


 花をつまんで顔に近づけて、じろじろと見る英美里。と、ぽいっと口に放り込んだ。そしてもしゃもしゃと咀嚼する。


 「うーん、野草って感じの味がする。苦くはないけど」

 「くせはないよね。野草ってのは結構エグ味とか苦味があるものだけど」


 更科くんも茎をぽりぽりと齧る。私は花と茎と葉っぱをもやしのパリパリサラダにがばっと振りかけて、上から紫蘇ドレッシングノンオイルをかけて混ぜた。


 「んふふー、紫蘇の香りがたまらないのよねー」


 白と茶色だけだったもやしのパリパリサラダに、緑が追加されて見た目が少し鮮やかになった気がする。


 「ではいっただっきまーす!」


 私のそれを見て、更科くんと英美里も自分のサラダに食用コスモスを載せ始めた。その様子を横目に、私は一口目をいただく。


 「んー?」


 ぽりぽりしょりしょりもりもりと、色々な食感が口の中で弾ける。美味しい、美味しいけれど?


 「なんて言うか、普通?」

 「アクセントにすらならない?」

 「いやたぶん、サラダがどれも味が濃すぎて判らないんだよ」


 花の乗ったポテトサラダを口に運びながら、更科くんが平然と言う。


 「茎と葉っぱはあれだけど、花は見た目のアクセントにはなるわね。ちょっと大きくて食べづらいけど」

 「でもわざわざ追加して食べるほどのものじゃない感じ」

 「サラダに可愛らしさを求めるかどうかってとこか」


 以外に冷静なジャッジを下す英美里。彼女の中ではたぶん、活動報告書に書く文章が組み立て始まっているんだ。


 「あと、マヨネーズ系の味だと野草系のクセが強い方が判りやすいのかも。個性が弱いと塗り潰されるわね」

 「紫蘇ドレッシングも強すぎたかな。フレンチドレッシングの方が良かったかも。でも悪くはないよ、他の味の邪魔もしないし」

 「そうだね、思ったより淡白だから野草初心者向けって感じだね、野草じゃないけど」


 ふむふむ、とメモを取る英美里。



 「まあいいわ、今月の報告はこれでなんとかしとく。とりあえず、せっかくのサラダは残さずに頂きましょ」



 不思議研究会の活動としてはちょっと弱い気もするけど、世の中そうそう不思議なんて転がってないよね!


 「でもさ、更科あんたなんでこんなの育てる気になったの?あたしはそこが不思議だわ」


 それだ!!


 ばっ、と更科くんに視線を向けたけど、彼は特に動じた様子もなく、いつものようににこにこと笑顔を浮かべているだけでした。ああっ、すっごい謎!不思議!




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