第3話 九月・神のお告げくじ
湖の向こうにUFOが落ちたらしい、という噂が校内を駆け巡った。湖をぐるっと回って十分くらい歩いた先の雑木林に、謎の発行体が墜落したのを用務員さんが見たらしいのです。
「あたしが聞いたのと違うわ」
英美里はうちわをダルそうに扇ぎながら言った。
「どう違うの?」
「UFOが湖の向こうの雑木林に着陸したのを用務員が見た」
「同じでしょ」
腰に手を当て、はぁと英美里はため息をついた。
「全然違うわよ」
「墜落と着陸じゃ、確かに違うね」
「あら更科くん」
振り返ると、更科くんがにこにこ立っていた。今日もちょっとかっこいいな。
「墜落なんてしたら用務員が見たレベルじゃなくて、警察が現場検証に呼ばれてもおかしくないじゃないの」
「確かにそうですね。着陸なら平和的です」
唯一の一年生会員、皆島小百合も相槌を打つ。
「大差ないと思うけど」
「大違いだって。警察が来てたらもっと話題になってて、噂で済むわけないでしょうが」
「むむむ」
「それで、今月はそのUFO探すのかい?」
更科くんがうまく話を逸らしてくれた。英美里は腕を組んで難しい顔をする。
「もう噂になってるからなぁ。今さらブームに乗るってのも、ねぇ」
「じゃあ何か他にある?」
「四丁目の廃病院に幽霊が出るって話が」
「その病院なら先週更地になりました」
やれやれといった感じで小百合が口を挟む。
「六丁目の電話ボックスに、深夜謎の人影が」
「あそこでおととい変質者が逮捕されたよ」
これは更科くん。
「三丁目の墓場で、夜な夜な怪しい唸り声が」
「あれは音痴の住職さんがカラオケの練習してたって話だよ」
私も参加する。なんだかんだ言って、英美里の持ってくるネタはゴシップ性が強くて、だいたい解決済みだったりするのです。
「んもーなんなのよあんたたち結託して!後はそうね……湖の底に謎の遺跡があるらしい、っていうくらいかしら」
「謎の遺跡!?」
それは聞いたことが無かった。山からの小川が流れ込む湖は、そこから特に流れ出る川もない妙な湖。昔どこかの大学が調査をして、近くの川まで地下水脈として水が流れているらしいことは判ってる。
冷たい水はそんなに透明度は高くなくて、ヤマメとかニジマスとかがいるくらいしか魚もいないって話。キャンプ同好会が以前たくさん釣って、燻製にして文化祭で売っていたっけ。
「でも水中の調査とかめんどくさそう」
「水もあんまり綺麗じゃなさそうだしね」
「かゆくなりそうです」
「おのれらー……」
英美里はイライラしてるけど、今月は英美里がネタを持ってくる番だから、仕方ないよね。
「じゃあこれだ!二回引くとどっちかは必ず当たるという、四丁目の神社の『神のお告げくじ』!」
「えーうさんくさい」
「二分の一の確率で当たるって言うのもなんだかなぁ」
「先輩、ビミョーです」
「いいじゃないの!とりあえず全員二回引いてみて、しばらく様子を見る!これでいいわね?」
まぁあんまり綺麗じゃない水に入るよりましかな。
「そうそう英美里、そのくじを引くお金って当然」
「当然自腹よ。一回五百円」
「高い!」
小百合が悲鳴を上げる。一回五百円を二回引けば千円ですよ!?小百合が叫ぶのも判る。
「確かに高い。会の活動費から出せないかな」
「だって四人で四千円だよ?年の活動費が一万円だってのに、ここで四割も使えないわ」
「ならせめて、一回だけ引くことにしない?」
私は妥協案を提出する。五百円なら、ハンバーガーの買い食いを一回我慢するだけでいい。でもどう考えてもハンバーガー食べた方がいいな。
「仕方ないわね、じゃあ一回にしましょうか」
そんなわけで、今月の活動は四丁目の神社でヘンテコなくじを引いての様子見、となったのでした。
九月になったからと言って、すぐには涼しくならない日本の秋。もうちょっと夏休みが欲しい……
「ほら美代子行くわよ」
四丁目の神社に自転車で乗り付けて、評判のくじを引くのです。小百合は自転車の鍵を校内で落っことしたとかで、英美里の自転車の荷台に同乗して来たのだけど……途中めっちゃふらふらしてて、見てておっかなかった。更科くんが乗せてくれるって言ったのに、なんで英美里のに乗ったんだろ。
シャツの胸元をぱたぱたやっていると、もう三人は社務所の方に歩き出している。待ってー。
さて、この『二分の一の確率で当たるくじ』について、私の知るところを説明しておくと……引いたくじの紙にはひとつだけ何かが書かれていて、それが良いことにしろ悪いことにしろ、半月の間にかなう!としう噂があるのです。二回引けばどっちかは当たるという評判が立っていて、なかなかの儲けになっているという話です。
悪いことが書いてあって、それが当たったら最悪だよね。
「えーと僕のは……『よく眠れるようになる』だって」
「何それ」
「あはは、最近夜寝苦しくて、あんまり寝られてないんだ」
「エアコンくらいつけなさい」
「あはは」
更科くん、英美里にさんざんなこと言われてるけど……でもそれで五百円って……
「私は……『誰かの探し物に辿り着くかも』だって。なにこれ」
えー五百円も払って、しかもなに『誰かの探し物』って!?
「美代子らしいと言えばらしいわね、しかも『辿り着くかも』ってなによそれ」
「私が一番聞きたいよー」
小百合が苦笑いしながら、くじの紙を開く。
「わたしのは……『家に帰れる』でした」
「なんじゃそりゃ。あんた通学生でしょ?寮生じゃないじゃん」
「あはは、これで五百円ですかぁ」
そして最後は、他人のくじに文句を言いまくっていた英美里が引く。
「えーと、『世界大統領になる』……」
「ないな」
「ないね」
「ないですね」
「むきー!金返せ!」
暴れる英美里を力づくで押さえて、駐輪場に戻る。と、足元に小さな鈴の付いた自転車の鍵が落ちている。
「あら?自転車の鍵が落ちてる」
「あっその鈴、わたしのです!」
わわ、小百合が鍵を落としてたみたい。
「おー、美代子のくじ当たったじゃん」
「えええなにそれ、これで五百円!?」
「つまり、これで自転車も使えるようになって無事に家に帰れるので、わたしのくじも当たりってことでしょうか」
小百合のくじは『家に帰れる』だったっけ。でも歩いて帰ればいいんじゃ?
「て言うか、なんで学内で落とした鍵がここで見つかるのよ」
英美里の的確なツッコミ。
「つまり、実は学内では落としてなくて、ただ見つけられなかっただけ。で、ここで落としたと」
「判り切った説明をするな更科!こら小百合、あんたを乗せたお陰であたしが何度コケそうになったと思ってるの、このボケ後輩!」
「あはは、すいません先輩。でも、帰りも乗せて下さいね」
「更科のに乗れ!」
それから私たちは学園に戻って、くじの内容についてメモを書いて英美里に渡す。活動内容のレポートは月末に出せばいいから、二週間で結果が出るかどうかが勝負!
「ねえ更科くん聞いた?湖の近くからUFOが飛んでったって話」
「うん、聞いたよ。今度は用務員じゃなくて、複数の生徒が目撃したとか」
半月経ってもまだ暑い。雑木林からはまだ蝉の鳴く声が聞こえるくらいに暑い。
「で?更科あんた良く寝られるようになった?」
「うん、夜中に合わせてエアコンのタイマー入れたら、朝までぐっすり」
「ふむ、じゃあ当たったってことでいいわね」
それってくじの効力なんだろうか?私は内心首を捻る。
「で、美代子はなんだっけ」
「誰かの探し物に辿り着くかも」
「なんだか薄ぼんやりとしてるけど、どうだった?」
「隣のクラスの子のスマホを拾ったよ。あと道で財布も拾った。中身は三百円で、拾ったお礼に桃をふたつもらった」
「おお、結構いいね」
更科くんが笑ってくれた!わーい、それだけでも大当たりかも。
「そしてあたしが『世界大統領になる』と『家に帰れる』か。馬鹿にしてんのかこれ!千円も払ったのに!」
「まあまあ英美里、家に帰れないよりはマシだろ?」
「そんなことより腹が立つのは『世界大統領』のほう!そんなものになれるわけがないでしょ!だいたい世界大統領って何よ更科!?」
「僕が知るわけないじゃないか」
あはは、超怒ってる。
あれ?なんで英美里だけ千円払うことになったんだっけ?
「あー、こんなんなら湖のUFO探してた方がまだマシだったわ!」
「くじの中身がアレすぎて、ちょっとネタとして弱かったね。でもこれでレポート出すしかないでしょ?」
「ええそうよ、まぁそのへんはあたしの筆でなんとかするわ」
あれ?他にも何か落とし物を拾ったような?
「でも英美里、せめてあと二人会員入れて部に昇格しようよー。エアコンないとやっぱりつらいよー」
「ダメっつってるでしょうが!うちは由緒ある同好会なの!会員も三人で十分!」
とほほ、まだ夏みたいな秋は続きそうです。でも、何かひっかかるような……
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