第2話 羊を憐れむ詩
「失礼ですが、守るとは、何からどのように、ですか?」
少々自尊心を傷つけられた気分になり、強めに言ってみる。すると彼女は真剣な顔で、一枚のカードを取り出した。受け取ると、俺の顔写真だった。
「中東の
「PMCですか。それは参ったな。額はどれくらいなんですか?」
「四億です」
それを聞いて、俺は思わず吹き出してしまった。彼女は少々ムッとした表情を浮かべはしたが、すぐに平静な表情に戻り、写真を懐にしまう。
「信じて頂けないのですね。困りました」
「だって、貴女は少しも強そうには見えないから。
「質問? ああ、どのように貴方を守るのか、ということですね。それなら見た方が早いでしょう。ついて来て下さい」
と、彼女は腰を上げる。僕も渋々腰を上げ、二人で店を後にした。
★
大雨の中、来栖真子に従って一分程歩いてゆくと、彼女はふいに道を折れ、近くのビルの非常階段を上がり始めた。
「どうして非常階段なんか?」
「いいから来て」
軽く言い合って屋上まで上がる。すると屋上の隅に、なにやら金属の棒のような物が転がっていた。
ライフルだった。
軍事用ライフルはくの字に折れ曲がっており、近くにはアーミーナイフらしき物も転がっている。
来栖真子は屋上の隅に立ち、くるりと振り返る。そこからは、先程俺たちがいたブックカフェが見えた。ガラス窓を隔てて、客席の最奥まで完全に見通せる。
「敵は、この場所からその銃で貴方を狙っていました」
「狙っていたって、敵はどうしたんだ」
「私の仲間が対処しました。ある程度情報を聴きだしたら、公安に引き渡します」
「対処って……どうして敵がここから狙っていたとわかったんだ? あの店からじゃ、俺も君も狙撃手に気づきようがないじゃないか」
「いいえ。私、とてもとても耳がいいんです。そして殺されたくなければ、敵に出会わなければ良いんですよ」
と、彼女は微笑を浮かべる。
だんだん話が見えてきた。つまり、彼女はチームで動いているのであって、決して単独行動をしている訳ではない。彼女には俺の母とは別種の、なにか感知に特化した特殊能力が備わっており、それをつかって狙撃手の位置を特定し、なんらかの方法で仲間に伝えたのだろう。来栖真子は俺の側にいて、いざとなったらいち早く俺を連れて逃げる担当であり、敵への対処については彼女の仲間とやらが担当する──。
そういう事か。
「ちなみに、耳が良いって、どれぐらい?」
「半径一キロの範囲であれば、何が起こっているか全て分かります」
ちょっぴり自慢げな笑顔が、堪らなく可愛らしかった。だが、これで確定した。
来栖真子は超能力者である。
★
階段を降りると、黒塗りの車が停まっていた。静かに自動車の窓が開き、見知らぬ男が何かを放り投げる。来栖真子が受け取ったのは、寝袋だった。
「おい、お前。真子さんが美人だからって手を出すなよ? 絶対だぞ。指一本でも触れたらぶっ殺すからな」
男はやけに高圧的に言い放ち、窓を閉めて走り去ってゆく。来栖真子は苦笑いを浮かべて見送った。
多分、先程彼女が言っていた仲間の一人なのだろう。
「なんで寝袋を?」
「その、安全なホテルにでも避難して貰おうかと思ったのですが、貴方の自宅は集合住宅の真ん中でしょう。しかも二階で非常階段もある。近くには警察署まである。全方位に人の目があり、逃げ易く守り易い。下手な場所に移すよりも、よっぽど安全だと判断したので」
「つまり、俺の自宅に泊まるんですね?」
「……はい。ダメでしょうか?」
「いや。美人は大歓迎ですよ」
こうして話はまとまった。
俺は来栖真子を連れて自宅へと戻り、彼女から詳しい話を聞いた。とはいっても、彼女は身分を明かせないらしく、話せる事についても限られてはいた。
「貴方はやりすぎたんですよ。この世界の
「それは理解した。でも、どうして貴女の組織というか、
「この国の人々の殆どが羊──。悪い勢力の奴隷なんです。それでは困るんです。でも、羊は簡単には目醒めてはくれません。彼らは、何も知らないから羊なのではありません。知りながら、羊であることを選んでいるのです。その先にどれ程の地獄が待っているのか薄々勘づいていながら……。テレビを捨てて真実を受け入れるには勇気がいるんです。ですが、貴方のように発言力のある人が真実を叫び、多くの人に目醒めを促してくれるのは、私達としてもかなり助かるのです。貴方の働きは、貴方が思っているよりもずっと大きいの、です」
「そうか。俺のどの発言が、悪党の逆鱗に触れたんだろう?」
「それはおそらく……」
言いかけて、真子さんは暫し言葉に詰まる。言って良いのか悪いのか、ギリギリのラインなのだろうか?
「多分、ルッキンググラスについてだと思います」
それを聞いて、俺は少々考え込まされた。
彼女が言うルッキンググラスについては、確かに詳しく調べて発信したことがある。だが、それは支配階級の一部が悪魔崇拝をしていると主張するのと同じぐらい、否、それ以上に現実離れしたオカルト話なのだ。
「じゃあ、やはりルッキンググラスは実在するのか!」
「はい。ルッキンググラスはあります」
と、彼女は俺にとってとんでもない情報を口にする。
ルッキンググラス──。とは、時間を飛び越えて未来を見る装置とされる。ルッキンググラスから派生して、タイムマシンまでもが作られており、既に運用もされている。なんて話を聞いた事がある。極めて胡散臭い話だし、何より確証がないのではあるが、俺はあると結論して、ストリクス勢力がルッキンググラスを悪用している、といった類の情報を発信していた。我ながら無責任だとは思う。が、根拠はある。
オカルト界隈では〝ストリクスカード〟なるトレーディングカードが有名であり、そのカードに描かれた内容が未来を予言している、と評判だったのだ。実際、予言を的中させているカードは幾つもあった。また、アメリカで放送されているとある人気アニメが度々未来を予言しており、予言の的中率は百パーセントだとされている。
勿論、アニメやカードで予言しておいて、後から予言通りに計画を進めて、さも予言が的中したように見せかけるという大掛かりなトリックも可能ではある。ただ、それだとどうしても説明がつかない予言もあった。偶然が絡む現象については、人間はどうしても確実な結果を予測できない。それなのに、アニメやトレーディングカードにおける予言は百パーセント的中しているのである。どうしても、本当に未来が見えていなければ説明がつかないのだ。
だとしたら、闇の勢力の連中はどうやって未来を知り得るのか?
そこで考えられるのが、黒魔術とか超能力によって未来を知る方法、又は、ルッキンググラスのような装置を使って未来を見る方法である。
個人的にはどちらもあり得ると思うのだが、ここまで安定して予言を的中させるには、予言者に頼るやり方では限界がある。実際、俺の母はたまに予言を外すことがあったからだ。だとしたら、悪人どもがルッキングを使っていると考えるべきだ。
そういった論拠により、俺はルッキンググラスが実在すると結論して、情報を発信してきたのである。それが巨悪どもの逆鱗に触れるとは考えていなかった。ルッキンググラスに関する情報は、余程、悪い連中にとって都合が悪いのだろう。
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