第20話 交渉は高尚に

「藍ちゃんの引っ越し先?」

「はい」

「……それを聞いてどうするの」

「社長。俺、ヤマが……好きなんです」

「……」



 腹芸をしてもしょうがない。

 いずれは向き合わなければならないなら、今向き合ってしまおうと腹を括った。



「彼女がマネージャーをしている時は、あまりにも近すぎるし、彼女も望まないだろうと思って我慢していました。でも、ヤマがマネージャーを辞めた今なら……、アプローチをしてもいいですよね?」



 ストレートにそう尋ねると、社長は俺の目をじっと見据えた後、はあ、とため息をついて、言葉を返してきた。



「まあ、藍ちゃんがいいって言うならいいよ。そんなの、本人たちの問題だし」

「……ありがとうございます」

「でも、引っ越し先を教えるのは、ねえ」



 連絡先とかならまだしも、家って。

 そう言う社長に、「メールで連絡しても、返事が来ない可能性が高いと思ったんで」と言うと「まあ確かに」と返される。

 


「教えてもらえないのであれば俺、仕事は頑張れそうにないですね」

「おっと、それは脅しかな?」

「いえ? その代わり、教えてもらえたら、今以上に仕事を頑張れそうな気もしますが」



 嘘は言っていない。

 ヤマがいなけりゃモチベーションが上がらないのも事実だし、もしまた縁が繋がったなら、それこそ今以上に仕事を頑張らなければ「私のせいで柊生さんの仕事が減ってる……!?」とヤマが自分を責めるのも目に見えている。



「なるほどね。柊生くんはほんと、真面目だよねえ」



 にこにこと食えない笑みを浮かべる社長は「わかった。じゃあ交換条件だね」と言い出す。



「柊生くんの言う通り、仕事の質を落とさないこと。量も減らさない、なんなら増やすこと。まあこの辺はマネージャーの仕事だからなんともだけど」

「いえ、いいです。やります」



 仕事に関しては、以前から色々と顔を出してツテを作っていたから、いくつかアテはあった。

 『ユナイト!』の強みは、マネージャーだけでなくメンバー全員に営業力があるところだ。

 それは、メンバー全員が山敷 藍というマネージャーを見て学んできたところも大きい。



 現場でスタッフや製作陣と仲良くしておくことが、次の仕事につながるということを全員がわかっているのだ。



 結果、アカデミー賞候補作の監督に声をかけてもらえることとなるのだが、それはまたしばらく後の話になる。

 それはさておき。



 にっこりと笑った社長に、ヤマの引っ越し先を教えてもらった俺は。

(ついでに社長に最近の帰宅時間も探ってもらって、時間の当たりもつけさせてもらった)

 不安に苛まれる胸を抑えて、教えてもらった引っ越し先の住所へと向かったのだった。



 

 ◇

 


 

 社長に教えてもらったヤマの自宅前で待ち伏せしながら、引かれたらどうしようと不安に怯える時間は、なまじオーディションを受けるのとは違う意味で精神的にキツかった。



 そうして俺は、まもなくして目の前に現れたヤマの姿を見て、二度目の衝撃を受けることになる。



 地味な格好をやめ、すっかり垢抜けて可愛らしくなったヤマが――、そこに立っていたからだ。



「お前……、なんでそんな格好してんだよ」

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