第10話 それをモテ期と人はいふなり

「なんか山敷やましきさん、最近色気ありますよね……」

「えっ」



 その日、会社のデスクで資料作りをしていると、隣に座っていた同じチームの営業の須藤くん(ワンコ系男子)が私に向かってそう話しかけてきた。


 

 へ……、そうなの?

 色気?



 今まであんまり言われたことなかった事を言われて、「へっ?」と思う。



「え……、そう?」

「そうですよお! もともと美人だなって思ってましたけど、なんか最近いや増してますもん!」



 そうなんだろうか?

 毎日化粧する時とトイレに入った時くらいしか鏡で自分のこと見ることないし、あんまり実感も湧かないけど……。



「……もしかして、コレっすか?」

「おい須藤! 仕事しろ!」



 お前それ、セクハラだぞ、と斜向かいの席から砥川さんが須藤くんをじろりとにらむ。



「えぇ〜、だって気になりませんかあ!? 砥川さんも言ってたじゃないですか、須藤さん最近綺麗になったって」

「お、おい……!」



 須藤くんがそう言うと砥川さんは一瞬慌てたような様子を見せたが、ふと私が砥川さんを見ていることに気づくと「いや……、まあ。確かに山敷は最近、綺麗になったと思うよ……」とゴニョゴニョと言い足してきた。



 …………。

 あれ?

 あれれれれ?

 もしやモテ期?

 これがもしや、誰しも人生に3回は訪れるというモテ期なの?



 噂には聞いたことがあったが、ついぞ経験したことのなかったモテ期というものを、私は今体験しているのだろうか?



 そういえば、あの柊生さんが私を好きだというくらいだしなあ……。



 …………。

 まあ、そんなわけないか。



 あっさりとそう切り替えて「えー、砥川さんそれ、私に何おごれってことですかあ?」と、軽くジョークで返しておいた。



 まっ、仮に本当にそうだとしても、一応いま柊生さんと仮お付き合い中の私には何にもできないしね!

 はあ生殺し生殺し!


 

 全く。

 これが本当にモテ期だったら、私の貴重な人生のモテ期の1回目は柊生さんによって無為にに終わってしまうではないか、と思いながら、再び資料を作る脳みそにバシリと切り替えた。

 喜ぶべきなのか、いや喜ぶべきなのだろうが、その日作った資料はなにか言いようのない念を込めて書かれたせいか、いつも以上に出来がいいと褒められた。




 ◇



 そうして。

 あの、柊生さんとデートをした日の後も。

 柊生さんとの日々のメールは、途切れることなくずっと続いていた。

 ここ最近は特に、柊生さんが忙しくて会いにくる時間も取れないらしく、時々、夜遅い時間に『電話していいか?』と連絡が来ては、束の間の電波を通しての会話を交わす日が増えた。



 ――よくないなあ。



 その日も、夜中に柊生さんから電話をもらい、それを終わらせて。

 ベッドの上で寝転がって通話していた私は、回線が切れた瞬間、ぼふりと枕に顔を埋める。



 なんか……。

 なんかさあ……。

 こんなんされたら、大事にされてるって思っちゃうじゃんかあ……。



 はあ、と大きくため息をつきながらベッドの上でみじろぎする。



 知ってはいました。

 柊生さんが、もともとのゲーム上のキャラ設定でも、真面目で一途なタイプだということは。

 面倒見が良くて、見た目はクールそうに見えるけど実は熱くて、思いやりがあるってことも。



 知ってはいたけど。



「体感するのはまた、違うんだなあ……」



 誰もいない室内でぽつりとつぶやく。



「う〜〜〜、ずぶずぶと沼にハマりそう……」



 なし崩し的に始まった『お友達からの』お付き合いではあるが、正直にいうと、自分がのらりくらりと交わし続けていればそのうち自然消滅するのではないか、とどこかタカをくくっていたところもあった。



 なにせ、柊生さんは今結構な売れっ子で、正直寝る時間を削って仕事をしているくらいの多忙ぶりなのだ。

 そこまで行くことが、容易じゃなかったことは他でもない自分が一番知っている。

 だからこそ、自分としては色恋にうつつをぬかさず、いまこの大事な時期に頑張ってもらって、今後の土台を作ってほしいと思っていた。



 アイドルなんて、いっとき売れたとしても一生売れる保証なんてどこにもない。

 10代には10代の。

 20代には20代の。

 そして30代には30代の求められるキャラクター、役割、イメージがあり。

 そこをうまくシフトして、ファンの求める像を提供でき続けるものが生き残っていくのだ。



 20代まではうまくやってこれた柊生さんが、今後30代の10年をどう繋げて、その先に行くか。

 私は、10年先も20年先もエンタメをしている柊生さんが見たいのだ。



 なのに。



 自分が欲に負けそうになってちゃあ世話ないよ……。



 ひとつ、想定外だったということもある。

 柊生さんがこんなにぐいぐいくるタイプだと思っていなかったこと。

 一見、唯我独尊俺様タイプに見えがちな柊生さんではあるが、その実態はすごく思いやりがあって相手を尊重することができる優しい人だ。



 だから、私が尻込みをして見せれば、引いてくれるのではないかとどこかで思っていたところもある。しかし。

 いまや、引くどころか予想外にぐいぐいくる柊生さんに、完全にこちらが押されてしまっている。

 そうして、押されることによってあわや流されそうになっている自分がいる!!



 ぐおお……!

 心を鬼にして逃げると誓ったはずだったのに。



 でも、ひとつだけ、わかってほしいことがある。

 アイドルとして生きようと決めた時に、それ以外の様々なことを諦めてきた柊生さんが。

 珍しく、何かに執着して『ほしい』と足掻あがいている姿を目の当たりにして。



 心が動かない人がいるか?



 私だって、心の中で「もういいから腹括ってちゃんと恋人として付き合うって言ってやれよ!」と叫ぶ自分がいるのも自覚してるよ!

 自分が当事者でなければ。

 これがドラマの中とかで、自分が客観的に見てるいち視聴者だったら「もういいから付き合っちまえよお!」「とっとと受け入れてやれよ!」と野次を入れていたと思う。



 それでも。



 私の中で、男性アイドルグループ『ユナイト!』の滝本柊生という人は、かけがえのない、すごい人なのだ。

 前世で私がプレイヤーとしてゲームを遊んでいた時も。

 そして今、この世界に転生して直に仕事をしているタレントとしても。



 この人は、ファンを――、彼を見ている誰かの心や人生を、救うことができる人なのだ。



 『滝本柊生』というアイドルを、ファンのみんなから奪いたくない。



 そんな思いで今、私はずっと、葛藤している。

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