第8話 デートとは、二人で過ごすことと見つけたり

 柊生さんに手を引かれ、目的地の場所までついていくと。



『印象派展』とでかでかと書かれたパネルが設置された建物にたどり着いた。



「……美術館?」

「ああ」



 好きだって言ってなかったか?

 と、柊生さんが私に尋ねてくる。



 言ったのだろうか。

 はっきりとした記憶はないが、確かに私が美術展が好きだというのは正しかった。

 最近は時間がなくて全然来れてなかったけど、大学の時に履修した美術史の授業で、レポートを書くために何度か美術館を訪れなければならなかったことがあり、その時に美術館の楽しさを知ったのだ。



「ここなら、中は薄暗いからバレにくいし、展示を回るのもべったりくっついて回らなければ、怪しまれることもないだろ」



 確かに。

 柊生さんの言う通り、人によって見たい絵や興味をひかれる絵が違うし、美術館の中であまりべらべらと喋ることもはばかられるため、誰かと一緒に見にきたとしてもどうしたって最終的に個々で回ることが多くなる。



「ほら」



 そう言って、柊生さんが差し出してきたチケットに書かれた絵は、私の好きな画家の絵で。



 どこまでわかってやっているのだろう? この人は。

 そう思いながら差し出されたチケットを受け取った。



 こうして私たちは、ゆったりと贅沢に時間を使って、美術展の鑑賞を楽しんだのだった。




 ◇




「はぁ……、すっごいよかったです……」



 美術館から出て、私が余韻にひたりながらぽつりと漏らすと、柊生さんが「楽しんでもらえたならよかったよ」と言いながらくすりと笑った。

 次は車で移動するからと柊生さんが駐車場に停めた車に案内されて、目的地に向かって移動する間も「あの絵がどうだ、どの絵がよかった」と柊生さんと話をするのがとても楽しすぎて、それだけであっという間に時間が過ぎていった。

 


 そのまま、ドライブスルーのあるコーヒーショップでドリンクとおやつを買い、都内の片隅にある臨海公園の駐車場に車を停めて「じゃ、ここでちょっと休憩するか」と柊生さんが言い出す。



「ヤマ、俺のとって」

「あ、はい」



 言われて、膝に抱えていた紙袋から、柊生さんのコーヒーを取り出した。



「どうぞ。熱いから気をつけてくださいね」

「おう。サンキュ」



 そう言って柊生さんに飲み物を渡した私も、紙袋の中に残った自分の分の飲み物とおやつ用に買ったクッキーを取り出した。



「……本当は、どっか手頃な店を探そうかと思ったんだけど」



 ここなら、店に入るより人目につかないし、落ち着いて話せるだろ、と。



「そうですね。天気もいいし、ピクニックみたいですよね」



 幸い、快晴に恵まれた今日は、フロントガラス越しにも綺麗な青空が広がっていて。

 柊生さんが気を遣って、直射日光があたりにくい位置に車を停めてくれたことで、車内に入ってくる日差しもとても心地が良い。



「……半分、食べますか?」



 そう言って、私が手に持ったクッキーを柊生さんに示して見せる。



「いいのか?」



 遠慮されるかなと思ったが、意外にも前向きな反応を見せた柊生さんに、私は「もちろん」と言いながら、手に持ったクッキーを半分に割って渡した。



「……うまい」

「ですよね。私これ、時々食べたくなって買うんですけど、一人だと一枚まるまるは結構重たくて」



 だから今日は、柊生さんが半分食べてくれたおかげで助かります、と。

 いいながら、私はクッキーをもう一口かじった。



 と、ふとそこで『あれ……? 私なんか今、いかにもソシャゲって感じのデートしとらんか……?』という考えが頭をよぎったのだが。



 柊生さんが、「一休みしたら、外に出て軽く散歩でもするか」と言い出したので、「あ、わかりました」という答えと共にその考えはき消えていった。



 そして――。



「よし。じゃあ、あれ乗るか」



 と。

 車外に出て、軽く散歩をしたかと思った後、柊生さんに連れられてたどり着いたのは。

 ここ、臨海公園の目玉である、巨大観覧車だった――。



「……柊生さん。なんかあの、すごい、ベタベタなデートコースですね」



 美術館、ドライブ、観覧車――。

 私の、人目につきにくいというオーダーを抑えつつも、ど定番なデートコースを選んできたなあ……、と柊生さんをちらりと見る。



「……うるさい。いいだろ別に。初デートなんだから」



 少し唇を尖らせながら言う柊生さんが、安定の可愛さだったことは言うまでもない事実であったのだけど――。



「……初デート?」

「そうだよ」



 私の言及に、柊生さんはばつが悪そうにポリポリと鼻の頭をく。



「私と柊生さんの? それとも――柊生さんの?」

「どっちも」

 


 観覧車に向かいながらなおも容赦なく追求する私だったが、突然私のしつこさに耐えかねたように、柊生さんがいきなり私の手をがしりと掴むと「いいから乗るぞ!」と言って、有無を言わさず観覧車の中へと引き摺り込まれた。



 えーと、つまり。

 今日は、私と柊生さんの初デートであり。

 柊生さんにとっても、人生初デートという……。



 えっ?



「いままで、女の子とデートしたことがなかったってことですか!?」

「だからそう言ってんじゃねえか」



 このイケメンが!?

 信じられない気持ちで再確認をするが、返ってくる言葉はやはり変わらず。



「……そういうお前はどうなんだよ」



 どこかぶすっとした表情のまま、柊生さんが私に尋ねてくる。



「え」

「お前は、初じゃないのかよ」



 …………。

 え〜〜〜と。

 柊生さんに問われて、思わず考える私だったが。



「えと。私も初ですね」



 すみません。

 私の場合、前世と今世あわせても初なので、重み半端ないんですけど。



「……そうか」



 私の答えに、うっすらとまんざらでもない様子を見せる柊生さんだったが。

 そこで私はあることに気づいて「あ」と思わず声を上げる。



「なんだよ」

「いや……」



 私のあげた声に何事だと反応した柊生さんが、まだどこか不機嫌そうな表情のまま私に向かって尋ねてくるので。

 

 

「よくよく考えると私、初デートより初キスの方が先だったなあと」

「は!?」



 私の発言を聞くなり、どういうことだ!? と腰をうかした柊生さんが、こちらにくってかかる。



「誰だよそれ、最低じゃねえか……!」

「え、柊生さんですけど」



 と、私がそう言い切ると。

 それを聞いた柊生さんが、ぴたっと動きを止めた。



「柊生さんですよ。文字通り、私の人生初のキスを奪ったのは」

「……」



 何気なく言った私のその言葉に、柊生さんは再び椅子に腰掛け、そのままゆっくりとうつむいて両手で顔をおおった。


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