第7話 まばたきで、スクショができたらいいのにな

「あのさ、ヤマ。……俺、デートがしたい」



 と、第二の私がまだ脳内で大暴れしている最中に、目の前で柊生さんがポツリとそう口にしてきた。



「……でーとですか?」

「ああ」



 おうむ返しで問い返す私に、柊生さんが私に向かって上目遣いで「……ダメか?」と聞いてくる。



 …………!

 わああああ……!


 もう、一瞬一瞬が尊すぎて、なんでまばたきでシャッターが切れないのかと人体の構造に不満さえ覚えるが、それは私の都合なので一旦無視して、デートをしたいと告げてくる柊生さんに慎重に答えた。



「別にいいですけど、条件があります」

「なんだ」

「絶対に、マスコミにバレない、健全で内密なやつデートにできるなら」



 そう。

 どんなに柊生さんが可愛かろうが尊かろうが。

 私の信念が曲ることはない。



 ●春? フ●イデー? パパラッチ? ノーサンキュー!

 私の最優先希望はあくまでも柊生さんの今後の展望が明るいことなのだ。



 逆を言えば、それさえ守れるのならば、モチベーションを上げるお手伝いくらいはいくらでもします!

 という上での回答ですね、はい。



「バレなければ、別に外でもいいんだな」

「え……、はい。バレなければ」

「わかった」



 そう言うと柊生さんは、「遅い時間に長居して悪かったな」と言って立ち上がる。



「え、帰るんですか?」

「ああ」



 私の言葉に短く答えた柊生さんは、かけていたコートを手に取って羽織り、帰り支度を始めた。

 かと思うと、

 


「……ハグしていいか?」



 と私に向かって聞いてくる。

 その言葉に、一瞬逡巡しゅんじゅんした私だったが、結局は一度も二度も変わらないかと思って(本人も友達のハグだと言い張るし)、「……いいですよ」と言って、柊生さんに向かって両手を広げて見せた。



「……」



 私の答えを受けて。

 柊生さんは黙って私のそばまで歩いてきたかと思うと、そのまま何も言わずにぎゅっと私を抱きしめてきた。



 ――柊生さんのにおいがする。



 そう思いながら、私は彼が満足するまでされるがままに抱きしめられていた。



「今度の土曜日だったら俺、多分大丈夫だと思う」



 おそらく、その日ならオフになりそうだと言いたいのだろう。



「……無理そうだったら、諦めて仕事してくださいね」



 私のために無理して休みを作らなくてもいいのだと釘を刺すと「バカか。何が何でもくるわ」と言って小さく笑った。



 そうして、柊生さんは休日デートの約束を取り付けると、それで満足したのか、嬉しそうな様子で帰っていった。




 ◇




 ――さて。



 いざ、デート当日の日となりまして。

 


 改めてよく考えると私、これが人生初のデートになるな……?

 あれ、服何着て行こう?

 そういえば、柊生さんってどんな服装の女の子が好きなんだっけ?


 とか。

 昨晩、散々悩みに悩んだのだが、結局自分の好きな服装をしていくことにしました。



 待ち合わせ時間は13時。

 上野公園で待ち合わせと言われたので、指定通りの時間の指定通りの場所に、早めを心がけてえっちらおっちらと出向くと。



 おお……、いるわ。



 帽子とメガネとマスクで変装をしてはいるが、座っていても長身だってわかりますねモデルですか? という感じのイケてるお兄さんが。

 さすがに、完全防備の変装をしているから、ちょっとやそっとじゃ誰かまではわからないけど。


 でもなんか……、こうして見ると、この人ほんっとオーラあんな……!


 なんでこの人が、よりにもよって私じゃないと嫌だ見たいな駄々をこねてるのかほんとに不思議だし……。

 これがヒロイン補正ってやつなのかな?

 しかし原作にも恋愛要素ないんだが、とかどうでもいいことを思いながら、木陰のベンチで待つ柊生さんにトコトコと近づいていった。



「お待たせしました」

「……おう」



 柊生さんが短く答えると、目の前に立つ私をふい、と見上げた。


 

 う……っ!

 変装しててもかっこええってどういうことやあ……!! (絶叫)



 あとメガネ。

 メガネ可愛すぎるんだけどメガネ……!!

 はあ!? なにこれ? 殺しに来てるわけ!?

 人体が瞬きでシャッターを切れないことにまたしても悔しみを覚えながらも、今日はこの姿を心のフイルムに死ぬほど焼き付けようと思った。



 それにしても。

 


 クールビューティー顔の柊生さんが、メガネというワンクッションを入れることでくっそ可愛くなるという神設定を、なぜ原作ゲームで導入してくれなかったのかなあ!? 運営さんよお!?


 ……いやっ!? もしかしてあったのに私が見逃してる!?

 

 今日この日。

 自分にメガネフェチといういまだ知らなかった性癖を持ち合わせていたことと、新しい扉を開けたことで脳内でメガネ最高祭りを始めていた私だったが。


 それはそれとして、そんなことはまったく表には出さずに「じゃあ行きますか」としれっと柊生さんに声をかけた。



「……」

「どうしたんですか?」



 柊生さんが、さっきの体勢のままじっと私を見上げていたかと思うと、ふいとうつむいて両手で顔をおおいだしたので、何事かと思った私は柊生さんにそう尋ねる。



「いや……、可愛いなと思って……」



 ヤマが、俺のためにおしゃれしてきてくれたんだなと思うと――と。

 そう言って柊生さんが顔を赤らめるので。



 いや!? いやいやいやあ!?

 可愛いのはどっちだよ……!!


 

 って心の中で絶叫したよね!?



 で、一方の私はというと。



「……ひとやすみしてから行きますか?」



 って。

 ……すいませんね……。

 かろうじて私がひねり出せた、柊生さんを気遣う言葉がこんなもんしか出てこなくて……。


 

 そんな私の言葉に、柊生さんが「いや、いい」と短く答えると、そのまま「ん」とこちらに向かって手を差し出してきた。




「……」

「デートなんだろ」



 差し出された手を、私が黙ってじっと見ていたら。

 柊生さんが後押しするようにそう言ってきたので。

 


 ――本当は、頼まれても、断ろうと思っていたのだ。

 ●春も、フ●イデーも、パパラッチも怖いし。



 でも、どことなく緊張しながら私にそう告げてくる柊生さんの顔が、あまりに普通の男の子の顔に見えて。

 普通の、恋する男の子の顔で。



 ――それを、無碍むげにしてはいけないと思ったのだ。



 そうして、私が差し出された柊生さんの手を取ると。

 ほっとしたように柊生さんから、きゅっと手を握り返されたのだった。

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