第3話 追いかけられて候

 そうして、誰にも言えない――柊生さんの部屋でやらかしてしまったあの日から1ヶ月後。



 退職を機に新しいマンションに引っ越し、次の就職先も決まった私は、心機一転・新生活キャンペーンを始めていた。



 マネージャーの時のようなあえて地味にしていた装いはやめ、自分の好きな服を着て好きなようにメイクをして出勤する。



 ふはははは!

 これならば柊生さんとて、ばったり私と遭遇してもわかるまい!

 というくらいにはビフォアアフターをげた。



 いや……だってね?

 もともと私、ソシャゲのメインヒロイン枠だから。

 可愛くないわけがないわけで!



 なのに――。



「おまえ、なんでそんな格好してるんだよ」



 ――――――秒でバレた――――――!


 

 なんと、引っ越したばかりの私の部屋の前に、誰から家の場所を聞いたのか、柊生さんが私の帰りを待ち構えて立っていたのだった……。




 ◇




「えっと、あのぉ……、どちらさまですか……?」

「とぼけんな。いくらなんでも、メイクと服装ぐらいで誤魔化されると思うなよ」



 そらっとぼけて、他人の空似で押し切ればなんとか逃げ切れるんじゃなかろーかと思ったが、やっぱりダメだった。ちっ。



 ……えぇぇ、察してよお柊生さぁん……。



「なんで、この家の場所知ってるんですか……」

「社長に聞いた。教えないと仕事ボイコットしてやるって言って」


 

 マジか……!

 まさかの叔父の裏切りに、心の中で「叔父さんの裏切り者ー!」と叫び散らす。

 とは言えまあ、仕方ないのはわかってる。

 売れっ子の柊生さんに仕事ボイコットされるって言われたらね……。


 本当は、できれば誰にも住所を知らせずにおきたかったんだよ。

 でも保証人という日本の賃貸のシステムによって、叔父さんに保証人を頼まざるを得なかったのだ。

 悲しみ。

 ううう。


 

「とりあえず。寒いし、中に入れろよ」

「えっ」


 

 心の中で哀愁にひたっていたら、突然柊生さんがとんでもないことを言い出した。

 


 中に入れろ……?

 我が家で続きを話すってことですか!?

 


「え、柊生さん。いちおう私、一人暮らしの妙齢の女子なんですけど」

「うるせえ。ここでごちゃごちゃ話してるほうが逆に目立つだろ。ほら、パパラッチされたくないなら早く入れろ」

「えええ」

 

 

 やですって!

 前科があるのに!

 室内でのいざこざにはまだトラウマがあります!

 


「お前が心配するよーなことはしないから。早く。鍵」

「えええ〜」


 

 と、しつこく抗議の声をあげるが、どうやら柊生さんはでも動く気はないらしい。

 とはいえ柊生さんが言っているのは至極ごもっともなことで。

 これ以上ここで話し込んでいると、無駄に人目を引いてしまう。

 それでなくても、柊生さんは180センチ超えのモデル体型という目立ちすぎるスタイルの持ち主なのだ。

 最近はドラマに出ることも増えたから、うっかり街中を歩いていると普通にファンに気づかれることも多い。


 

 しかもさあ、わかっててやってるんだろうけど。あえてあんまり変装しないで来ているんですよね! この人は!!!

 

 

 そうすることで、私が「外で話せばいいじゃないですか!」って言えなくなることわかってるんだよ。

 タチが悪いったら……。



 かっちり地味地味マネージャースタイルの時の私ならともかく、今の普通のふわふわオフィスカジュアル姿で一緒にいるところを週刊誌にとられたりなんかしたら、余計な火種を生み出しかねない。

 


 私は仕方なく観念して、バッグの中から家の鍵を出し玄関のドアを開けた。



「……コーヒーでいいですか?」

「ああ」



 室内に入り荷物を置いた私は、とりあえず柊生さんに何か飲み物でも出そうとキッチンに立つ。

 この人いったい、どれくらいあそこで待ってたんだろう?

 4月とはいえ、夜はまだそれなりに冷えるのに。



 柊生さんは初めて入る私の部屋の中を物珍しそうにきょろきょろと見回していたが、とりあえず一旦落ち着こうと思ったのかリビングにある2人掛けのソファにとすりと腰掛けた。

 


 そうして、私が淹れたコーヒーを柊生さんの前に差し出すと「ありがとう」と私に向かって小さくお礼を言った。

 それから私は、柊生さんと斜向かいになるようにカーペットの上に座る。

 

 

「……んだよ」

「……え?」



 ん?

 今なんてった?

 柊生さんがもごもごと何かを口にしたのだが、声が小さすぎてコーヒーを飲むのに気を取られていた私はうまく聞き取ることができなかった。

 


「……お前さ、なんでそんなおしゃれな格好して仕事に行ってんだよ」

「は?」

「マネージャーやってた時は全然、そんな格好、一切してなかったのに……」

「それは、まあ、仕事ですし……」

 

 

 というかアイドル事務所のマネージャーが、チャラチャラした格好してたらダメでしょうよ。

 それでなくても、男性アイドルに女性マネージャーがついてる時点で、ファンから反感を買いやすいのに……。

 


「休みの時だって別に、そんな格好してなかったじゃないか」

「まあ、そもそも休みなんてありませんでしたからね……」



 土日は大体、コンサートやらイベントやら試写会なんやらで休みもなく。

 平日は平日で周りの一般企業が動いているので普通に稼働する。

 たまに休みを貰えたとて、普段が出ずっ張りな毎日だった反動で休みの日は一日中スウェット姿で家から出ることなんてなかったのだ。


 

「……男のためか?」

「え?」


 

 一瞬、何を言われたのかわからず、私が素っ頓狂な返事を返すと、柊生さんは気まずそうに言葉を続けて来た。


 

「新しい職場で、男でもできたのかよ」

「あ、あぁ……」



 柊生さんの言いたいことを遅れて理解する。

 つまりは――、私に男ができて、その影響で服装が変わったのかってことを聞いているのだ。



「男なんて……」



 と言いかけて、はたりと止まる。

 いやこれは――、いるって言っておいた方がいいのか?

 柊生さんから好きだって言われたのを無視して逃げてきたのに、ここまで追いかけてくるってことはおそらくそれがらみの話をしに来たんでしょうよ。



 えー。

 とりあえず、嘘でも新しい男がいますよって言っておいた方がいいのかなあ――?



 新しい彼氏がいると言うか、正直にいないと言うか。

 私がはっきりと答える前に、柊生さんが追い立てるように言葉を重ねてきた。



「俺が言ったこと――、覚えてんだろ?」

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