第4話 言い逃れようもないほどに好きと言われました
――俺が言ったこと、覚えてんだろ?――と。
「俺の言ったこと、って言うのは……?」
柊生さんからの問いかけに対して、またも軽くすっとぼけてみる。
いやだって、お酒のせいで覚えてない設定だからね!?
そんなのわざわざ柊生さんに聞き返さなくてもわかってるよ!
あの夜、柊生さんが私に向かって告白してきたことでしょうよ!
しかし、そらっとぼけて逃げようとした私に対して、今度は柊生さんの方から先手を打って逃げ道を封じてきた。
「覚えてないならもう一回言うからいい。俺、ヤマのことが前から好きだった」
あの時、お前にそう伝えたんだ――と。
――――――!
ああああああ!
こんなにはっきりと目の前で言われちゃったら、もうこれで聞いてませんでしたとか言って逃げられなくなっちゃったじゃないかよーう!
と、心の中で叫び散らしながら、同時に悶絶する。
ぐふっ。
私今、9999くらいのダメージを受けました……。
だって今! 目の前でイケメンが! しかも最推しが!
恥じらいながらも私のことを好きだと言ってきたんだよ!?
キュンとこないわけがないではないか!
ゲームのスチルにだってこんなキュンとくるシチュエーションなかったよ!
脳内の私が七転八倒しています!
ああ……。やばい……。
原作『
原作でもなかった「俺、お前のこと前から好きだった」をいただいてしまいました……!
あああ……!
「ヤマ?」
聞いてんのか? と。
一瞬、自分の世界に入り込み、脳内で五体投地して柊生さんファンに懺悔の念を飛ばしまくっていた私を、柊生さんが
「あ――、す、すいません」
いかんいかん。
いろいろと情報がオーバーロードして一瞬頭が飛びかけた。
前回と違って、お酒が入ってない分ダイレクトに響いてきたわ……。
正直、内心どきがムネムネしまくっているが、そんなことには気づかぬふりをして、私は柊生さんに向かって言葉を返す。
「あの、せっかくの柊生さんの気持ち、本当に嬉しいんですけど……、私にはその、荷が重いって言うか」
「……どういうことだ?」
「その、私みたいな地味な女と、柊生さんじゃ」
「別に、今は地味な格好してないだろ。それに別に俺、外見でヤマのことを好きになったわけじゃないし」
………………!?
うをををををををををを!?
と、とんでもない爆弾を仕掛けてくるなこの人……!?
この顔に、外見で好きになったんじゃないって言われて、ときめかん女がいるだろうか……!?
いやいないでしょ!?
やだー! 天国のお母さん! 尊すぎて私辛い!(涙)
ぐらりと誘惑に負けそうになる心を自ら鬼となって
「だって、柊生さんは言っても芸能人じゃないですか。柊生さんだったら、芸能人でもそうでなくても、もっと素敵な女の人と――、なんならもっと柊生さんの価値を高めてくれる女性と一緒になれるし」
「俺はな、ヤマ」
そう言って、柊生さんが。
私が必死に言い訳を言い募っているのを遮って、ぐっとこちらに向かって前のめりになり、私の手を握りながら、真摯な表情で訴えてくる。
「お前が、インターンでうちの会社に入った時から、ずっとお前の働きぶりを見て来た。お前が、『ユナイト!』のメンバー全員にちゃんと仕事が行くようにスケジュールを必死に調整したり、向こうの制作スタッフと交渉したり、一生懸命やりとりして来てるのを、俺はずっと見て来てんだよ。芸能界でこれだけやってきて、いろんな奴らを見て来た俺が、それでもヤマはすごい、ヤマがいいって思って言ってんだ」
そんな俺の言うことを、信じられないのかよ――と。
柊生さんが、私の目を覗き込んで真っ直ぐにそう言った。
――正直、ちょっと、いやかなり。
……グッと来た。
実際、柊生さんの言う通り。マネージャー業を回していくのは本当に大変だった。
なあなあでやればそれなりに回していくこともできたと思う。
でも、そうできなかったのは私の性格だ。
それはわかっている。
どれだけ休みがなくても。
仕事が終わらなすぎてテッペン越えして泣きそうになっても。
それは自分で決めてやったことなのだからと自分に言い聞かせて、ぐっとこらえてずっと頑張って来た。
でも。
こうして、自分の仕事ぶりを見てくれた人が周りにいて。
ちゃんと自分を評価してくれる人がいると言うことは、本当に嬉しいことなのだと。
まざまざと感じられたのだ。
「柊生さん……」
「な? だから、俺と付き合おう?」
俺も、お前の近くでヤマの頑張りを見られればモチベーションを上げられるし、世間体を人一倍気にするお前とだったらスキャンダルにもならないじゃないか――と。
う……!
ううううう……!!
「でもやっぱそれはダメですう……!」
「なんでだよ!?」
ううっ、と半泣きになりながらそれでも拒否しようとする私に、柊生さんが「嘘だろ!?」と言わんばかりに声を荒げてくる。
「なんでって……。やっぱり私、柊生さんにもっと売れてほしいし」
前にも言った通り、柊生さんはいま恋愛にうつつを抜かしてスキャンダルの種を産むべきではないのだ。
推しだからこそ、好きだからこそ、心を鬼にして売れてほしい。
どうしてもそう言う思いが抜けない自分も、なかなかに頑固だと思うけど――。
「わかった」
と。
そんな私に、ようやく柊生さんが腹を据えたようにこちらに向かって答えてくる。
ああそうか、ようやくわかってくれたのか――、とほっとしたのもつかの間。
「ヤマが付き合ってくれないなら。傷心を癒すためにどこか適当なところで、他の相手を探すしかないな……」
…………………………。
……は?
「な……、なんでそうなるんですか!?」
「だってそうだろ? 失恋だぞ? 辛すぎて仕事になんねーよ」
しかも初めての失恋なのに。
どこかで傷心を癒してくれる相手を探さないと、毎日が辛くて耐えられないだろ――、と。
柊生さんが言葉を重ねてくる。
は、初めての――?
「じゃあな、ヤマ。時間取らせて悪かったな」
「ま……、待ってください……!」
そうやって私は思わず、寂しげな笑顔で立ちあがろうとする柊生さんの
「なんだよ」
「……」
――正直、特に考えがあって引き止めたわけではなかった。
でも、引き止めた次の瞬間に、あっ、と思い浮かんだことはあった。
それは、一時的に柊生さんの要求を満たし、そうすることでスキャンダルを防ぎ、ただ時間稼ぎをするためだけの案だ。
同時に――、私自らの首を絞める案。
言ってしまったら、後には戻れない。
わかっているからこそ、口にするのは
――でも。
「……わかりました。お……お友達からでいいなら。お付き合いします」
「…………本当か!?」
私の言葉に、柊生さんが歓声を上げる。
「はい。だからあの、お友達としての時間だったら作りますから、お願いですから変な女の人とは付き合わないでください……!」
それは、柊生さんの輝かしい未来のためであり、ひいては『ユナイト!』というアイドルユニットの将来のための、私のエゴとも言える切望だった。
「……友達からでもそれは、付き合うってことだよな?」
「えぇ……? あぁ、はい多分」
柊生さんに問い返されて、一瞬混乱した私は、それでもこれ以上柊生さんにへそを曲げられるのを恐れて「はい」と返事をする。
「やった……! ヤマ……! 俺、超嬉しい……!」
そうして、私の答えを聞いた柊生さんが、私に向かって心から嬉しそうにぎゅっと抱きしめて来た。
「ちょ……、柊生さん! 友達! 友達ですよ!」
「うん。だからこれ、ハグだろ」
あくまでも、友達のハグだ、という主張を貫き通そうとする柊生さんなのだったが。
まあ、友達でもハグはする……か……?
と思いながら、とりあえず私は一旦それを黙って
こうして、柊生さんの奸計にまんまと
抱かれたい男ナンバーワンアイドル滝本柊生との、清く正しいお友達からのお付き合いが始まったのだった。
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