第1話 抱かれたい男ナンバーワン
――そうして、私は決意したのです。
婚活のため。マネージャーを辞め、転職活動を始めることを!
えっ?
別にマネージャー辞めないで、業界で彼氏を作れば良いんじゃないかって?
はぁ!?
ないよ、ないない!
ないったらなーい!
嫌だよこんなに業界の裏側とか散々見て来てさあ!
芸能人相手なんて、
それにそもそも前提として、芸能人やタレントを商品として見てきた私が、今更そんな彼らと付き合うことが想像できない。
制作スタッフや裏方も、業界狭すぎて誰と誰が付き合ってるかとか裏事情知りすぎちゃって嫌だもんね……。
というわけで、芸能界はもう十分堪能したから、普通の
とか思って叔父に相談したら、「えっ!? 婚活のために辞めるの!?」と驚かれました。
でも、
「そうかぁ……、う〜〜〜ん……。でも僕も、藍には幸せになってほしいからなあ……」
と。
寂しそうな顔を見せつつも、結局は叔父は、快く私の背中を押してくれたのだった。
ほらあ! いい叔父さんでしょ!? いい人すぎるでしょ!!
いや、知っていたけれども!
もう叔父さん大好きすぎるし!
だからこそ、私も早く孫を見せてあげたいわけなんですよね!
と、そんな経緯で、転職活動からの婚活を目指して、行動を始めた私なのであったが――。
◇
――なぜか最近。
『ユナイト!』メンバー5人のうちの一人、
やたらと私の方を、もの言いたげな目で見ているような気がするんだよなあ……。
柊生さんというのは、フルネームを
『ユナイト!』の中でも落ち着いた大人の雰囲気を持ち、その整った容貌と抜群の長身スタイルの中に垣間可愛さをのぞかせる柊生さんは、グループの中でもトップクラスの人気を博していた。
そうして今年度『抱かれたい男ナンバーワン』に輝いた、うちの売れっ子タレントである。
そんな彼が最近、日々ふとした瞬間に私を睨んでいるのである……!(涙)
ううう、差し詰め、
「お前、ここまで『ユナイト!』売っといて、今更途中離脱すんのかよ……!」
ってことなのかなあ……。
とげとげと刺さる視線にものすごく居た堪れない気持ちになるのを、得意の鈍感力を発揮して、何事もなさを装ってこれまで仕事をこなして来た。
――そしてとうとう、明日を最終出勤日に控えた、今日。
明日は、デスク周りの片付けと退職の挨拶メールだけで済むように、現場入りの仕事は今日が最後になるように調整していた。
そうして、現場最後となるこの日の仕事は、柊生さんが主演していたドラマのクランクアップの立ち会いだった。
収録自体は何の問題もなく終わり、花束をもらった柊生さんがみんなに拍手を受けながら現場を後にすることとなったのだが。
終わった後、すっかりおなじみになったスタッフさんが「柊生さんのクランクアップと私の退職の送別を兼ねて軽く飲みに行きましょうよ」と声をかけてくれたので。
正直、あまり気乗りはしなかったけど、柊生さんが出ると言った手前放って帰ることもできず、何人かの参加者を募り内々の飲み会に出席することになったのだった。
が――。
あれ……、これなんか、どれかにお酒入ってたな……。
アルコールに強くないので、普段はあまりお酒を飲まない私が、いつのまにかなんだかふらふらになっていた。
おかしいなあ……、アルコールが入ってたらわかったと思うんだけど……。
こりゃあまずい、と頭の片隅で警鐘が鳴り響く中、どこで切り上げようかと考えながら周囲を見回すと。
「おいヤマ。お前、酒飲んだだろ」
と、私の様子に気づいた柊生さんが、心配した様子で立ち上がり、こっちに向かって近づいて来た。
「ちょっと。誰ですか、こいつに酒飲ませた人」
「いや、柊生さん、大丈夫れすよわたし」
「何言ってんだ……、呂律回ってねえじゃねえか」
そう言いながら立ちあがろうとする私だったが、お酒が回ってたせいかうまく立ち上がることができず、ふらついたところを柊生さんに支えてもらって助け起こされる。
どこかから「あっ、もしかしてこれウーロンハイだったのかも……」という声が聞こえたが、時すでに遅し。
「すいません、俺、この人連れて帰るんで。今日はそろそろ失礼しますね」
と、みんなに向かってそう言い出した柊生さんに、私は慌てて止めに入る。
「いや、大丈夫ですひとりで帰れますから――」
「どう考えても無理だろ。いいから大人しくしてろよ」
と、四の五の言うなとビシリと制された。
い――、いやいやいや、何言ってんだ――!
主役がマネージャーのために飲み会辞するとか!
マネージャーの恥じゃんかよ!
ヤダヤダやめてやめて一人で帰れますーー!
心の中でそう叫びながらも、もはや抵抗する体力も気力も足りない私は、そのまま柊生さんにずるずると引きずられていくしかなす術もなく。
◇
「――おいヤマ。お前、自分家の住所言えるか?」
「あ、いいれす。すいません運転手さん。先に中目黒の方に行ってもらえますか?」
柊生さんが私の家に送ろうとするのをさらっと流し、柊生さんの家がある方向をタクシーの運転手さんに伝える。
私のために飲み会中座させて、それで私を家まで送らせたら、それこそマネージャーの名折れじゃないか! という気持ちが、かろうじて残っていた私の意識を繋ぎ止めたのだ。
が。
「ヤマ――、おい」
「うう……」
どうやら、車内でうとうとしていたらしい。
柊生さんに起こされて、私はさも「寝ていませんでしたがなにか?」というていを取り繕い、むくりと体を起こす。
辺りを見回すと、タクシーはちょうど柊生さんのマンション前に到着したようだった。
「なあヤマ。俺、今朝家出る時に家の中に鍵を置いたまま出て来たみたいなんだけど。ヤマの合鍵で部屋、あけてくれないか?」
と。
柊生さんにそう言われた私は、仕方がないなあと思いながら「りょうかいですー」とタクシーを降りる。
柊生さんはしっかりしているようで、時々こんなふうに忘れ物をする癖がある。
なので、今みたいにこうやって、家の鍵を忘れたから開けてほしいと言われることはままあったのだ。
しかし。
今にしてみると思う。
この時なぜ私は、柊生さんに合鍵だけ渡して、タクシーで帰らなかったのか。
確かに、何かあった時用に担当タレントの部屋の合鍵は全員分預かっていた。(とは言っても、柊生さん以外のメンバーにほとんど使うことはなかったが)
これがシラフだったら間違いなく、鍵だけ渡して「明日返してくださいねー」と言って帰っていただろう。
つまりは、そんな判断ができないくらい、私は疲労も相まって酔いが回っていたのだ!
なおかつ判断力も無くしていたわけで!
ピッ、とICキーで玄関の鍵を開けて。
「開きましたよ、柊生さん」
と私が柊生さんに伝えたところで。
ぐいっ、と。
有無を言う間も無く、私は柊生さんの手により室内へと押し込まれていったのだった。
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