第2話
昼食を食べ終え、図書室へ戻ると西山俊はいなかった。彼が座っていた席にはテキストが置かれたままだった。
しばらくすると西山俊が大きなため息をつきながら図書室へ戻って来た。本棚の影から見えたその目は、彼のものとは思えないほど冷たかった。
きっと変に声をかけるべきではない。私はテキストを開き、シャーペンを手に取った。いくら問題文を読んでも文字はただの記号でしかなくて、内容は全く頭に入ってこなかい。頭の中に浮かぶのは、あの冷たい目だ。
そのまま数時間が過ぎた。もうそろそろで学校を出なければならない時間だ。今日は全くと言っていいほど集中できなかった。西山俊のせいだ。西山俊という存在が私を振り回す。いつもひとりぼっちだった図書室に、1人増えただけでこんなにも心を乱されるとは思わなかった。
「ねぇ、もうそろそろ帰るの?」
帰り支度を進めていると西山俊が聞いてきた。
「うん。もう帰るよ。」
「……一緒に帰らない?」
「……うん。帰ろ。」
「急いで準備するからちょっと待ってて。」
あの大きな窓から入ってきた生ぬるい風が私たちの頬を撫でていった。
私たちは一緒に学校を出た。夏とはいえ、この時間は少し薄暗い。街頭の少ない道を黙々と歩く。私が西山俊と話せたのはたぶん偶然で、西山俊と一緒に帰るなんてシチュエーションは私の人生に存在しないはずだった。もしかしたら今日だけの神様の気まぐれなのかもしれない。私と西山俊は確かに隣にいるのに、もう少し離れれば隣にいるかもわからない。そんな不確かな距離で並んで歩く。誘ったのは西山俊で、誘いにのったのは私で、互いの意思で一緒に帰っているはずなのにどちらも口を開かない。正反対なはずの2人が並んでいる非日常を感じている。
さりげなく車道側を歩いてくれる西山俊の優しさが少しくすぐったかった。
すると、西山俊がおもむろに口を開いた。
「明日も、来る?」
「うん。行くよ。たぶん夏休みは毎日。」
「そっか。……また、勉強聞いてもいい?」
「私でいいなら。……私も、聞いてもいい?」
「……うん。」
別にそんなこと、互いに確認するほどのことでもなかった。それでもたぶん、私と西山俊には必要な確認だった。この不確かな距離感だからこそ確かなしょうもない約束が欲しかったのだ。
そこから駅まで歩き、西山俊が私の最寄駅の3つ前で降りるまで私たちは言葉を交わすことはなかった。その、少し気まずい無言が心地よかった。
「また明日。」
声が重なった。
満員電車の車窓から見えた空には三日月が浮かんでいた。
夏休みの図書館 夏木 咲 @Blooming-edelweiss
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