カーテンの向こうで

 登下校する児童たちの声が嫌いだった。

 ベッドの上で頭から布団を被っていた。明かりを消した部屋に、カーテンの隙間から眩しい陽光が漏れ出す。自らの未来が明るいものだと信じて疑わない子供たちの笑い声が、自分を嘲笑っている。

 有名な大学への進学に失敗した。学歴を築くことに腐心して、身の丈にあった大学を選ぶ同級生を心の中で見下した。そのあざけりは、受験に落ちたことによって自分に返ってきた。

 浪人生として来年に挑むことも、中途半端な矜持きょうじが邪魔をした。そういった人たちを諦めの悪い連中だと見なしていたからだ。いくらでも選ぶ道はあったのに、自らの殻に閉じこもって可能性をった。

 引きこもった自分に、いつしか両親は干渉しなくなった。出来損ないの息子を軽蔑しているのだろう。同じ時間に母が二階へ上がってきて、ドアの前にラップをかけた食事を置いていった。生温かさを残した白米とおかずを口にした。

 それ以外の時間は惰眠をむさぼるか、ゲームやインターネットサーフィンをして暇を潰した。サイトで注文した商品は母が自室の前まで届けた。次々と流行は移り変わる。小さな画面から世相を覗き見て、世間の動きに取り残されている自分に焦燥感を覚えた。

 家の前が通学路だった。登下校の際に響き渡る児童の笑い声は希望に溢れ、後ろ指を差されている心地がした。勝手に劣等感を抱く自分に嫌悪した。布団の中に閉じこもっても、その声は鼓膜にこびりついていた。

 きっと被害妄想なのだろう。子供たちが通らない時間帯にも声が聞こえた気がした。ヘッドフォンをしてゲームに没頭しようとしても、その笑い声は頭の中で鳴り響いた。

 気分が沈む日々が続いた。夜中にも子供たちの声が聞こえて、自分は病気だと思った。世間から笑われている妄想に囚われた。閉ざしたカーテンを透かして、誰もが自分を嘲笑っている。

 やがて我慢の限界が訪れた。登校する児童たちの声が耳障りで仕方なくなり、怒鳴り散らしてやろうと思った。もはや狂人の振る舞いで、ただの八つ当たりに過ぎない。残った正気の部分が制止しても、もう自分を止められなかった。

 眩しい朝日が漏れるカーテンに指をかけた。窓から罪のない児童を恫喝どうかつしてやろうと開け放った。

 複数の子供の顔が窓ガラスに殺到していた。二階にも関わらず、へこんだ指の腹を見せて上下左右と張りついている。ちょうどヤモリに似ていた。普通の児童と変わらない衣服を着ていて、かえって状況の異様さを際立たせていた。共通していたのは、少年少女が赤い口腔こうこうを覗かせて笑顔を形作っていることだった。

 歯並びが悪い口が揺れて、窓の向こうから一斉に笑い声を響かせた。

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