休憩室

 休憩の時間だった。

 時刻は午前二時ほどで、休憩室を兼ねた事務所の椅子に座っている。事務机には従業員の勤怠を管理するパソコンと、複数に分割された防犯カメラの画面。そこには色んな角度から映した店内の映像があり、雑多な商品が並ぶ通路には客の姿はない。レジカウンターの奥では、やる気がなさそうに携帯電話をいじる制服姿の同僚が映っている。

 深夜シフトのコンビニエンスストアに勤めており、交代で休憩を取っていた。真夜中は来店する客こそ少ないものの、商品の納品があった。雑貨やパン、ソフトドリンクなどだ。商品を陳列棚に並べ、在庫を整理する。事務所の空いた場所には在庫棚が設置され、お菓子の袋やカップラーメンが敷き詰められている。

 今は納品のない時間帯で、先に休憩を取っていた。コッペパンをかじり、ペットボトルのお茶で流しこむ。制服は脱いでおり、漫然と椅子に座って防犯カメラを眺めている。同僚の染めた茶髪頭が映っていた。

 もちろん規則に反しているのだけれど、夜勤はなかなか求人に人が来ないこともあって黙認されていた。オーナーや店長の目がないから、こうして不真面目な勤務態度を取る者も多い。

 今に始まったことではないので、小言こごとを言うつもりはなかった。自分の仕事だけしてくれればいい。ペットボトルを傾けて喉をうるおした。

 入店の音楽が鳴った。防犯カメラに映る自動ドアが開く。同僚は携帯電話から顔を上げる様子もない。挨拶ぐらいしろ、と言いたくなって、怪訝けげんに思った。

 自動ドアが開いたにも関わらず、入ってくる客の姿がない。そのまま閉じる。センサーの誤作動だろうか。感度を強く設定していると、付近を通りかかった通行人にも反応してしまうことがある。この時点では大したことだとは思わなかった。

 腹ごしらえも済んで、休憩時間が終わるのを待つばかりとなった。防犯カメラの映像を見れば、まだ同僚はアプリのゲームに夢中になっている。親指がしきりに画面を滑っていた。

 ため息が出そうになって、ふと違和感に気づいた。レジ内の様子が映し出されたカメラの視点がやけに低い。携帯電話の画面が見て取れるほど近く、もはや同僚の肩越しと言っていい。その不思議な現象から目を離せなかった。

 茶髪の同僚が携帯電話を制服のポケットにしまい、その映像から姿を消した。別の防犯カメラのレンズからは、店内を移動する彼の姿が映っていた。方向からして、従業員用トイレに向かっている。まだこちらが休憩中なのに、客が来たらどうするつもりだ。憤慨ふんがいするより先に、先ほど異常な角度を映していたカメラの映像が変化していた。

 同僚の後を追っている。しかも床を這う視点で見上げていた。明らかに移動しており、時々画面が乱れている。どう考えても異常だった。ドローンならともかく、ただの防犯カメラが自律することなどあり得ない。画像が乱れる音か、荒い息遣いさえ聞こえる気がする。

 彼が奥まった場所にあるトイレに入り、ドアを閉じようとした。真正面を向いたその顔が強張り、動きが止まる。表情筋が驚きから恐怖へと引きり、急いでトイレのドアを閉めようとする。その隙間に、映像が勢い良く飛びこんだ。驚愕する同僚の顔が大きく映し出されて、トイレが閉じられる音とともに画面は黒く途絶した。

 椅子から立ち上がっていた。一体、何が起こっている。異常事態が起こっているのはわかっているのに、確かめに行く勇気がなかった。無人になった店内を、防犯カメラの画像が映し出している。こういうときに限って、客は誰も入ってこないのだ。

 一斉に全画面が切り替わった。

 分割されていたはずの映像が同じ場所を映し出している。閉じられた一室で、事務机にパソコンと同じ映像を映す大きな画面。その前で椅子から腰を上げ、立ち尽くす男の後頭部が映し出されている。その位置からすると、視点は天井の隅だろうか。背後を振り返ることもできない。

 ふと眼前の映像が、まばたきをした。

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