側溝

 大雨の日だった。通学路は雨水に覆われ、絶えず側溝に流れていく。

 黄色い長靴が水飛沫みずしぶきを上げた。同じ色のレインコートがランドセルの形に盛り上がっている。雨天の下で、児童は帰路は急ぐ。住宅地の中で、子供が登下校する時間帯は車の通行が規制されていた。クラスメイトたちはもう帰宅してしまったのか、人影はない。

 レインコートに身を包んでいても、どこからともなく雨滴うてきが入りこんでくる。全身が湿った感触がして不快だった。早く家に帰って風呂に入ろう。

 おぼろげな景色の中、雨音が響く。靴底が水たまりを踏みつける。飛沫が舞った。

 不意に重々しい音がした。フードの陰から目線がそちらへと引っ張られる。異音の源は側溝だった。コンクリートの蓋が、不自然に持ち上がっている。最初は雨水が溢れ返っているのかと思った。そうではないとわかったのは、次々と蓋が浮き沈みしているからだ。

 何かが移動している。正体はよくわからない。

 足を止め、側溝をくぐっている何かを目で追った。中途半端にブロックの蓋が盛り上がり、また元の位置に戻るために内部はうかがい知れない。ただ、雨水が溢れる網目状の溝蓋みぞぶたを通ったとき、隙間から黒い毛らしいものが飛び出していた。

 濡れてつやを帯びたそれは、髪の毛だろうか。

 危機感が麻痺していた児童は、視野の端に違和感をとらえた。側溝を通る何かとは反対側、つまり後方に細長い輪郭りんかくがうねっている。数十メートルほど先だろうか。雨にけぶる住宅地の景色に、二階建ての家の屋根よりも高い影が揺れていた。それは蛇の尻尾を連想させた。

 児童は反射的に走り出した。水を蹴り、無我夢中で家へ向かう。しくも側溝の下を通るものと同じ方向で、道が分かれるまで奇妙な並走は続いた。

 他にそれを見た者はいなかった。おそらくその正体は、一生わからないだろう。

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