スマートフォン

 皆、スマートフォンを眺めている。

 電車に揺られていた。学校からの帰りで、満員ではないけれど座席も埋まっていた。乗降口のそばにある手すりに掴まり、私は暇潰しで乗客を観察している。

 今は便利な時代だ。スマートフォンがあれば動画サイトも世の中のニュースも見られる。わずらわしいイヤホンジャックから解放されて、ブルートゥースでイヤホン単体が耳にはまっている。私はすぐ失くしてしまいそうで、コードレスにはどうにも慣れない。

 勿論もちろん、バッグを抱えたまま眠っていたり読書に耽っていたりする人たちもいる。コロナが流行り始めた頃は、ほとんど全員がマスクをしていた。今はまちまちで、あのときほどマスクの装着率は高くない。その是非ぜひはともかく、車内が沈黙で満ちているのは良いことなのだろう。

 電車が揺れている。窓の景色が流れていく。

 吊り革に掴まりながら、スマートフォンの画面を指がなぞる。縦か横に移動することで、文字列が更新される。その圧倒的な情報量を、全て脳みそに収めているのだろうか。

 その人たちには目がないのに。

 スマートフォンを見下ろす眼窩がんかは空っぽだった。顔に穿うがたれた二つの暗い穴が、長方形の四角い機械を凝視ぎょうししている。画面が発する微かな光が、その隙間に吸いこまれる。目のない乗客が立ち並ぶ車内を見て、不思議に思った。

 あの人たちは、一体何を見ているのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る