半開き

 半開きのドアが嫌いだった。

 蝶番ちょうつがいに頼りなく支えてもらい、かすかな風にも揺れる。隙間からは、部屋の様子が垣間見える。そこには誰もいないのだ。

 なのに、何かが出入りした痕跡を嗅ぎ取ってしまう。それが嫌だった。

 トイレの個室のドア、障子の隙間、放課後の教室の引き戸。建てつけが悪くなっているのか、最後に出た者の横着か。中途半端に開いたまま、眉間に皺を刻む私の眼前で、どこかへの通り道を見せつけてくるのだ。

 神経質と言って差しつかえなかった。部屋を出るときも、玄関のドアを通るときもちゃんと閉まったか確認した。大きな音を立てて閉めるものだから、何度か怒っていると勘違いされた。

 別に怒っているわけではない。ただ、気持ちが悪いだけだ。いないはずの誰かが自分の存在を主張している気がして、そのわずかな隙間の向こうが気になって仕方ないのだ。

 なのに、どうして学校から帰ったら部屋のドアが半開きになっているのだろう。

 私の部屋は二階にあった。途中で折れ曲がる階段の段で足を止めた。上り切る前から半端に開いた自分の部屋が見えた。見慣れた自室の景色がわずかに覗いていた。フローリングの廊下にはみ出して、本来は内側にあるドアノブが見えている。

 胸がよどんだ。ああ、気持ちが悪い。

 大方、お母さんが部屋の掃除をして閉め忘れたのだろう。私が抗議をすると、大げさだと笑った。今度からは気をつけるね。

 掃除をしてもらっている身で、文句を言うのは筋違いだ。それでも我慢がならない。私は学校鞄を握ったまま一気に階段を上り切り、早く部屋に入ってしまおうと足音を立てた。

 その目の前で、白くて長い手が部屋の中から伸びてきた。ドアノブを掴み、そのまま閉めた。

 私は立ち尽くした。靴下越しに廊下の冷たさを感じながら、考えを改めた。

 半開きのままで良かったのだ。私にはもう、このドアを開ける勇気がない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る