第3話

「つーまーり。俺があんたの最後の希望ってわけか。」


文具店の店主は、こどもの頃に見た特撮の主人公が吐くキメ台詞みたいな事を恥ずかしげもなく言いながら私の前にコーヒーを置いた。


「あー…はははっ…えっと…」


やっぱり選択を誤った。

頼むべきでは無かった。

そう思いながら出口を横目で見ると、

先程より雨脚は強くなり、バケツをひっくり返したように土砂降りになっている。


「あの…やっぱり私には田舎暮らしとか合ってないというか、資格も自動車免許しか持ってないし…やめます。でも今夜…」


今夜だけ泊めさせてもらえませんか?


そう言おうとして口をつぐんだ。


言動も怪しい見ず知らずの男性宅なんて、

何かあってもおかしくない。

もう一度窓の外に目をやってから小さく頷き、意を決して椅子から立ち上がった。


リュックを背負い、猪狩さんの方へ向き直り勢いよく頭を下げると、猪狩さんはククッと笑い出した。


「そりゃ警戒するよな。」

「あ、いえ…その…」


私がどぎまぎしているのを笑いながら、猪狩さんは店の奥を指差した。


「俺が案内するのはここまで。旅先案内人は奥にいる女で、行ってみて嫌なら他を探すんでもよし。辞めるんでもよし。まぁ、案件に目を通してみて、その場でやるもやらぬもあんたの自由だ。見るだけみてみれば?」


確かに…見てみるだけなら…。

私はもう一度椅子に座り直した。


テーブルの前には何枚も求職募集案内のような紙が並べられた。


(庭付き戸建30LDK確約 自室に喋る鏡完備。仕事内容は、りんごを届ける事)

(一城の王。スライムになって、魔物を統べる。)

(究極のスローライフ。ダンジョンでキャンプ飯)               etc



どれもピンとこない。そう思いながらも給料欄を見て目が飛び出すほどに驚いた。


「成功報酬100万円!?時給1000万?!」


詐欺?闇バイト!?

驚きと恐怖で額から汗が流れ落ち、

心臓が早鐘を打つ。

やっぱり怪しい仕事じゃん…

なんとかしてこの場を早く立ち去らなきゃ…


「あ…あの…私やっぱり…」

「適正を見たいから少し質問させて。」

「あ、はい!」

(まじめで肝が小さい自分を恨む。)


「冒険が好き?」

「いいえ…。(は?冒険?)」

「戦うのは?」

「格闘技は…というかスポーツ全般苦手です…」

「じゃあ生き物は?」

「動物は好きです。」

「前職はなに?」

「デスクワークです…」

「じゃあ処理系はNGな。うーん…だと、これなんかどう?」


渡された求人票を受け取って目を通すと、書かれていた内容はこうだ。


「沢山のもふもふと仲良く暮らそう。3食昼寝付き5LDK。ルームシェア。仕事内容:家事全般。


入居料0、家賃光熱費0、即日入社可。」


もふもふ…犬のことだろう。多分。

ルームシェアは気になるけど、入居料、家賃光熱費タダはありがたい。


仕事内容は家事全般ってことは、ブリーダーさんの家に住込みでヘルパーとして雇ってくれるってことだろう。多分…。


「あの…嫌だったら辞めていいんですよね?」

「ああ、そうだ。これにしてみるか?」

「はい。じゃあ、お願いします。」


猪狩さんはニヤッと笑うと盛大に鐘を鳴らした。

「はい!喜んで〜!!」

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