第104話 一階層の狼
神殿にある20メートル近い高さの通路に入り、進んでいく。通路の幅は5メートルくらいで、やはり人間のために作られた通路だとは思えない。
通路の中のデザインは、入り口の神殿と同じような感じで、左右の壁には円柱の柱、床も壁も黒曜石でできている。
通路の中にもある程度の光量が確保されているが、100メートル先はハッキリと見えない薄暗い空間だった。左右の柱の中がぼんやりと光っていて、それによって前進できるだけの光量は保たれていた。
「栞先輩、ムーニャ、柱の影から出てきたりもするから気をつけて」
「了解です」
「らじゃー」
『ロボットの超音波センサーでも周囲の観測はしていますが、絶対ではないので注意してね。あっ! みんな、左前の柱の影!』
桜先生の焦った声を聞き、剣を構え、言われた方を見る。暗い柱の影、そこに1匹の狼が目を光らせていた。赤い瞳だ。そいつは、グレーの体毛をチラリと見せてから、影の後ろに引っ込んでいった。
「へぇ、こっちの数が多いと襲ってこないって、ホントだったのね」
「そうみたいだな」
「1人で潜ってた時は、しょっちゅう絡まれて鬱陶しかったのよね」
「それな。高校生の人たちは襲われないのに、なんでオレだけってイラついたの覚えてる」
「わかるわー」
東京駅ダンジョン経験者のオレたちにとっては、あるあるの話だった。政府から得た情報の中にも、〈一階層のモンスターは4人以上のパーティを襲わない〉と記載があったが、自分たちでは体験したことがなかったので、新鮮な気持ちになる。小学生の頃は、あのグレーの狼に何度も襲われて苦労したものだ。
その流れで、あそこはあーだったこーだった、と鈴とあるある話を続けていたら、後ろから恨めしい声が聞こえてきた。
「むー……ゆあの知らない2人だけの思い出……嫉妬しちゃうな……」
「ふふ、たしかにそうですね」
「別に……コイツとは別々に潜ってたし……」
「何照れてるの? スズ、かわいいね」
「は? はぁ? 別に照れてなんてないわよ。ちょっとコイツと共通点があったからってそんな……」
「なんで赤くなってんだ? おまえ?」
「うっさいわね!」
『……おまえら』
「はいはい! 油断大敵でしょ! してないわよ!」
ということで、ズンズンと進む鈴から話されないように、オレたちは前進した。20分くらい進むと、十字路に辿り着く。
『ココを真っ直ぐ進んで下さい』
と桜先生。
「了解です」
オレは十字路を前進しつつ、チラリと左手の道の先を見た。
「あっちが、りっくんがユニークモンスターを倒したって場所なんだよね?」
「うん。そうだね……」
オレにとっては人生を変えてくれた場所だ。だけど、違う意味を持つ人がオレたちのパーティの中にはいた。
『……』
「?……あっ……ごめんね。桜ちゃん……」
ゆあちゃんが気づいて、すぐに謝る。オレがユニークモンスターを倒した場所ということは、すなわち、桜先生のパーティが壊滅した場所だからだ。
『ううん……大丈夫。みんなは、自分たちのことに集中して。私は、もう大丈夫だから』
「……オレたちで、このダンジョンを攻略して、犠牲になった人たちの無念を晴らしましょう」
『ありがとう。陸人くん。でもね、みんなの安全が最優先だから。だから、無理はしないで』
「了解です」
そして、オレたちは、何度か狼に遭遇しながらも戦闘になることはなく、一階層を進み続け、転移魔法陣の部屋まで辿り着いた。ここまで、1時間もかかってないだろう。想定通りではあるが、狼にまったく襲われないと、こんなに楽な道のりだったのか。
「戦闘0回ってこと、ホントにあるんだな」
「ホントね。あのときの苦労はなんだったのって感じ」
「むにゃむにゃ……退屈……ひま……」
『おい、ムーニャ、いい加減にしろ。ここは戦場だ』
「大丈夫。油断はしてない。イッシンの石頭」
『荻堂先生、今日のノルマは達成しましたし、みんなには帰還してもらいますよね?』
『ああ、予定通り、転移陣が機能するか試して、すぐに一階層に戻って帰ってこい。ゲート付近まで戻ったら、モンスターとの戦闘訓練だ』
「了解っす!」
ということなので、5人全員で転移陣に乗り、二階層に飛べることを確認してから、すぐに一階層に逆戻りした。
来た道を戻り、ゲートまで辿り着く。帰りもモンスターには襲われなかったので、ゲート前でパーティを2つに分け、3人パーティをシャッフルしながら、狼と戦闘訓練を行った。
グレーの狼は人間よりも大きいサイズではあったが、オレたちの敵ではなかった。ここでも、小学生の頃の自分と比べて、すごく成長したんだと実感する。誰も怪我をすることなく、余裕をもって倒すことができた。
1人3匹ずつ倒して、今日の調査は終了だ。
ゲートを出て、桜先生と師匠と合流し、自衛官の人たちに頭を下げてから高校へと戻る。
こうして、東京駅ダンジョン調査1日目は、なんの問題も起きずに完了することができたのだった。
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