第103話 数年ぶりのダンジョン

 今日は数年ぶりに東京駅ダンジョンに潜ることになっている当日だ。オレたちパーティは、緊張した面持ちで防衛大附属高校が用意した車両に乗り込んだ。


「……」


 戦闘要員のオレたちは、スパイが使うような高性能なトラックの中で、静かに待機していた。

 みんながみんな、大切な人をダンジョンに囚われ、やっとの思いでここまで来たのだ。全員から、『絶対に家族を助ける』という気迫が伝わってくる。

 オレは座りながら手を握り、床を眺めていた。これまでのことを思い出す。そんなオレたちに反して、緊張感のないやつが一人だけいた。


「むにゃむにゃ……眠い……みんな、緊張してる?」


 とぼけた声だ。顔を上げると、ムーニャがあくびをしていた。


「おまえ……マジで空気読めないよな……」


「あはは……でも、それがムーニャちゃんのいいとこでもあるし」


「そう。ムーニャはいい子。みんなが緊張してるから、それをほぐしてあげてる。……ふぁぁぁ〜」


「何それっぽいこと言ってるのよ。眠いだけでしょ?」


「むにゃ?」


「ふふ」


 オレたちの緊張が少しほぐれたところで、師匠と桜先生が乗り込んできた。


「よし、行くか」


「はい!」


「今日はあくまで偵察、慣らしのためです。みんな、それを忘れないように」


 心配性の桜先生に釘を刺され、車が動き出す。

 それから、師匠がモニターの前に立って、今日の調査範囲についておさらいしてくれる。今日は、とりあえず一階層を突破し、転移陣の部屋まで行って帰ってくるという作戦だ。



 トラックで走ること20分、東京駅ダンジョンに到着した。


 車から降りると、駅を封鎖している門の前に重武装の自衛官が立っているのが確認できた。あのあたりだけで10人近くの自衛官がいる。装備を持って近づくと、全員の身元を確認してから中に通してくれた。


 7人全員でエレベーターに乗り込み、上空30メートルの東京スカイラインの駅まで上っていく。いつもはトラックの中に残る桜先生と師匠も同行してくれていて、ゲートの近くで補佐してくれるとのことだ。


 エレベーターの中から景色を見ていたら、ゆあちゃんが手のひらを握ってきた。オレと同じように景色を眺めている。ダンジョン災害のあったあの日のことを思い出しているのだろう。あの日も、今日と同じ風景を見て、駅まで上ったんだ。あのときは、ガラス張りのこのエレベーターが怖くて、うみねぇちゃんにしがみついていた。でも、今は違う。オレは強くなったんだ。ゆあちゃんの手を握り返し、微笑んだところで、駅のホームに到着した。


 エレベーターの扉が開く。そこにもアサルトライフルを装備した自衛官が20人以上、それに加えて医療班らしき人たちも複数人いて、ゲートの前には作戦本部らしきテントが張られていた。


「お疲れ様です!」


 自衛官の1人がやってきて敬礼してくれる。頭を下げて、その場で待機しているうちに、桜先生と師匠が手続きを済ませてくれた。


「ダンジョンに入る許可は取れた。準備はいいな?」


「はい!」


「俺と小日向は、そこのテントの中で待機してる。いつも通り、通信デバイスとコイツのカメラを頼りにアドバイスしてやる」


 師匠が親指を指したところには、ボール型のカメラロボットが浮遊していた。桜先生が操作するロボットだ。桜先生もすでに天使の輪っかのような脳波デバイスを装備していて、ロボットを操作して、オレたちの周りをくるりと飛んで見せる。


「私たちの方でも全力でサポートしますけど、くれぐれも安全第一でお願いしますね?」


「もちろんです!」


「うん……がんばってね……今日は調査1日目! 慎重にいきましょう!」


「わかりました!」


「おっけ〜」


 緊張感のある奴といつも通りの奴、それぞれ異なる反応だったが、ゲートの前に立った時は、やっぱりピリっとした緊張感に包まれた。


「……いよいよ、だね」


 ゆあちゃんが少し泣きそうな顔でゲートを見る。〈怖くて〉じゃない、〈やっとここまで辿り着いた〉という感動の涙だ。


「うん……」


「わたしたちで、海歌さんとベルを、それに栞のお父さんを助けるわよ」


「ああ……」


「みんなで力を合わせて、いつも通りに、ですよ」


「そうですね!」


「もういい? いこっ」


「あ! おい! よっしゃ! みんな行くぞ!」


 ムーニャがひと足先にゲートに足を突っ込んだので、オレたちもそれに続いた。



 ゲートを潜った先の風景は、2年前と変わっていなかった。


 空は黒いのに、昼みたいに明るい、変な空間だ。


 ゲートを通った正面は、だだっ広い広場になっていて、地面は黒曜石のようなものでできている。光沢があって滑りそうな見た目だが、意外にも滑ったりはしない。トントンと踏みごごちを確かめると、グッと足の裏にグリップ感が伝わってきた。これも以前と同じ感覚だ。


 前を見る。すぐそこに、ギリシャ神殿のような建物があるのだが、スケール感がおかしい。というか、建物ではなくて壁だ。神殿にあるような円柱の柱が何本も並んでいて、三角形の屋根が乗っている。その壁も床と同じ黒曜石、紫がかったツヤのある建造物で、真ん中に巨人でも通れそうなサイズの通路が作られていた。


 後ろを振り返ると、ココが一階層の端だということがわかる。空島の一番下の階層だから、真下には何もない。もちろん、手すりなんてものはなく、落ちれば奈落だ。逆に、上を見上げると、神殿の上に二階層の地面が見える。暗い星空の中に、ゴツゴツした岩の地面が浮いていた。


「前と変わってないわね」


「そうだな」


「お二人は、一階層までは踏破してるんですよね?」


「はい」


「そうね」


「じゃあ、作戦通りでよろしいですか?」


「はい。経験者のオレと鈴が先行します。ゆあちゃんが真ん中で、栞先輩とムーニャは後ろの警戒をお願いします」


「承知しました」


「あいあいさー。でも、ムーニャ、前衛がいい。疲れたら代わって?」


「わかった。そのときは頼む」


『おまえら、一階層は狼のモンスターの縄張りだ。油断しなけりゃ無傷で突破できるだろうが、咲守の例もある。ユニークモンスターが出たら撤退しろ』


「了解です」


 師匠の指示を聞いてから、隊列を組む。全員の準備が完了したのを見てから、巨大な通路に向かって歩き始めた。

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