第105話 ベースキャンプ設営

「次は二階層だな」


 翌日、いつもは放課後の訓練まで姿を現さない師匠が朝礼にやってきて、そう告げる。隣にいる桜先生は、渋い顔をしていた。


「荻堂先生、早すぎませんか?」


「いや、一階層があれなら問題ねぇよ。こいつらの実力があれば危険度は低い。ユニークが出なければな」


「そうですか……では、次回からは、転移陣の部屋にキャンプ地を設営しながら進んでいく、ということでいいですか?」


「そうだな。長丁場になったときのためにセーフゾーンが整備されてれば安心だろう」


「そっかぁ〜。じゃあ、予定通り、みんなでテントとか食料とか持って移動するんだね」


「そうなるな」


 これは、以前にも打合せしていたことだ。東京駅ダンジョンは5階層のダンジョンで、かなり広大なので、休憩地点を設営しようという話になっている。

 休憩地点の場所は、各階層の転移陣の部屋、あそこにはモンスターが出ないと言われているので適しているだろう、と話し合っていた。

 なので、次回は荷物を背負って移動することになる。


「わたし、大荷物持ちたくないわ。あんた持ってよ」


 鈴が椅子を揺らしながらこちらを見る。


「んー? まぁいいけど」


「意外な反応。リクトだったら、なんでオレが、とか言いそうなのに」


「ま、男はオレだけだしな。荷物くらいいくらでも持つよ」


「へー、ほんと意外ね」


「りっくん、うーねぇに躾けられてたから、ずっと守ってるよね? 女の子の荷物はなるべく持ってあげなさいって」


「まぁ、そうだけど。躾けられてってなんだよ。オレはペットじゃないぞ」


「女の子……へぇ……ふぅん……」


 オレのセリフに反応したのか、鈴が変な顔をする。なんだ?


「あんた、わたしのこと、女の子だって思ってるわけ?」


「は? 何言ってんだ?」


「な、なんでもないわよ!」


 自分から聞いてきたクセになんかキレてきて、そっぽをむかれた。変なやつだ。


「むー……」


「ふふ、鈴ちゃんもすっかり乙女ですね」


「シオリ、笑ってるのに笑ってない。怖い」


「怖くないですよ〜。ムーニャちゃん? ほ〜ら、ニッコリ」


「……やっぱり怖い」


「おい、ガキども。今日は訓練と明日の準備にあてる。二階層の復習は各自でしておけ」


 師匠はそれだけ言って教室を出ていった。相変わらず、サバサバした人である。



 そして翌日、オレたちは大きなリュックを3つ持ってダンジョンにやってきた。山の上で数泊するのかという大荷物だ。リュックの中には、テントと携帯食料、医療品などが詰まっている。ベースキャンプを築くための装備一式である。


「じゃ、わたしとムーニャが先行ね」


「え〜、ゆあも前がいい……」


「いつもはビビってるクセになによ」


「だって〜、荷物重いし〜」


「オレがゆあちゃんの分も持つよ」


「ほんと! ありがと! りっくん!」


『おい、奇襲されたときに咲守が動けなくて死んだらどうすんだ?』


 師匠のセリフでゆあちゃんの顔色が変わる。ピリっと緊張感が走った。


「やっぱり自分で持ちます……ワガママ言ってごめんなさい」


「そう? 別にいいのに」


『荻堂先生、言い方がキツすぎます』


『うるせぇな。遊びじゃねぇんだ』


「はぁ……もういいかしら? いくわよ〜」


 鈴がゆあちゃんの頭をひとなでして先行する。オレとゆあちゃんと栞先輩でリュックを背負い、一階層の転移陣まで向かうことになった。


 細長い通路を進んでいくが今日も一昨日と同じで、狼のやつは遠目に見てくるだけだった。柱の影から赤い目を光らせているだけで、一向に襲ってこない。

 だから、やはり1時間もかからずに目的地へと辿り着くことができた。


「楽勝ね」


「そんなことないよ〜。重かった〜」


 ゆあちゃんが、どさっと荷物を下ろし、それにもたれかかって腰かける。


「お疲れ様」


 リュックからスポドリを取り出し、幼馴染に手渡した。その流れでオレも荷物を下ろし、隣にしゃがみ込む。


「うん。ありがと」


 ボトルを受け取ったゆあちゃんがそれに口をつけ顎を上げる。すると、首筋にツーっと汗が滴った。なぜかチラっと見てしまう。


「なに見てるの? リクトはエッチだね」


「は?」


「ぶっ!?」


 ムーニャが訳のわからないことをいい、ゆあちゃんがスポドリを吹き出した。


「うわ、ばっちぃ」


「な、なな! りっくんのエッチ!」


「だからなにが!」


「はいはい、ラブコメおつおつ。さっさと設営しましょ」


「ふふ、今となっては、そのセリフも嫉妬にしか聞こえませんね?」


「……」


 オレは、みんなの謎の会話を無視して、距離を取ることにした。そして、部屋の隅っこにテントを設営し始める。うん、こういう力仕事は男のオレがやるべきだよな。うんうん。

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