第100話 ノンデリ師弟

 みんなから逃げて、裏庭の訓練場にやってきた。


「よし! さぁ師匠! さっそく訓練しましょう! 訓練! よっしゃよっしゃ!」


 大げさに腕を振り回しながら訓練を催促するオレ氏。


「あ? なんだそのテンションは?」


「まぁまぁ! 今日はオレが勝ちますよー!」


「100年はえーんだよ。まぁいい、クレス、アトム、相手してやってくれ」


「かしこまりました」

「承知致しました」


 アトムが双剣を、クレスが刀を構えてオレの前に出る。


「あれ? 師匠は?」


「俺は嬢ちゃんと打ち合わせしてからだ」


「ほほう?」


 首を傾げていると、後ろの扉が開く音が聞こえてきた。やばい!


「よし! クレス! アトム! 頼む!」


 オレはなんの武器も持たずに2人に向かって走り出した。

 さっきのことを、後ろの人たちに責められるのが嫌だったからだ。訓練をしてれば、うやむやになることだろう! さすがオレ!


 素手で挑むオレに対して、アトムとクレスは武器を手放すことをせず、さらには連携を取りながら囲い込んでくる。2人は容赦なくオレをボコそうとしていた。しかし、訓練を重ねてきたオレは簡単にはやられない。

 なんとか武器をかわしていると――


「アトムちゃん、クレスちゃん、ストップして〜」


 お母さんののんびりした声が割り込んでくる。2人は素直にそれに従い、ピタリと動きを止めた。


「かしこまりました」

「承知しました」


「ちょ!? なんでだよ! 戦闘中! 訓練中だぞ!」


「陸人様のご両親は、陸人様よりも上位の命令権をお持ちですので」

 とアトム。


「ぐぬぬ……」


「りっくん、こっちにきなさ〜い」


 嫌な予感しかしない。


「……」


「お夕飯抜きにするわよ〜?」


「はい……」


 オレはとぼとぼとみんなの元へと向かう。そこには、以前としてオレのことを睨んでいる女性陣がいるわけで。


「あ? なんだおまえら? また喧嘩でもしたのか?」


「ちょっと、ノンデリ師匠は黙ってなさいよ。あんたも当事者みたいなもんだし。それ以上、口挟むと、飛び火するわよ?」


 鈴に睨まれ、師匠が肩を上げる。なんだか、嫌なものを感じ取ったようで、黙ってお茶を飲み出した。


「今日という今日は、あんたのノンデリ発言、反省してもらうわ。あんた、乙女の気持ち、少しでも考えたことあるわけ?」


「いや……その……」


「りっくん! 正座!」


「はい!」


「あらあら〜、うちの愚息が迷惑かけるわね〜」


 お母さんが愚息とか言ってくる。つ、つらい……ちょっとムーニャの発言に口を挟んだらコレだ……なんだというのだ……

 内心、そんな気持ちのオレに対して、女性陣による説教が始まった。女の子の覚悟を軽々しく否定するなとか、口にする前に一回考えろ、とかなんとか言っている。


「あー……ところで、嬢ちゃん、小日向」


 師匠がこちらに声をかけてくれる。おお! 助け舟が!


「今、取り込み中です。後にしてください」


「わ、わかった……」


 強めに言われ、師匠が身を引いてしまう。

 ああ……オレの処刑は免れないようだ。

 そしてオレは30分以上お説教されたのだった。



「で? 結局なんだったんだ?」


 全員でテーブルに集まり、お母さんが淹れてくれたお茶を飲みながら話し合う。

 もちろんオレは床に正座だ。師匠がオレのことをチラリと見て目を逸らした。助けてはくれないらしい。


「うっさいわね。ノンデリ師匠」


「あ? 俺は何にも言ってねぇだろ? このアホのことは知らねーが。おい、ムーニャ、教えろ」


「……イヤ」


「あんたなんなの? 何も言ってない? むしろそれが問題ね。というか、その態度がもうダメなのよ。あんた、自分の周りのこと見えてなさすぎ。なんで気づかないのかしら……」


「あ?」


「スズ、もういい。イッシンはアホだから。ムーニャが言わないとどうせ気づかない」


「チッ!」


「なんなんだ一体……」


「それで、荻堂さん、私と桜先生になにかご用でしたか?」


「あ、ああ……小日向、神器は持ってきたな?」


「はい。こちらです」


 桜先生が銀色のアタッシュケースを机に置き、左手のデバイスを近づけた。すると、ピピっという電子音が鳴った後、鍵が解除される。

 アタッシュケースの中には神器があるのだろう。こっからは見えんけど……


「これが二つ目の神器なんだ。へー、どんな力があるの?」


「嬢ちゃん、見せてやりな」


「はい」


 栞先輩が右手を前に出し、目を少し閉じてから開く。すると、アタッシュケースの中から2本の双剣がふわふわと浮き出した。


「おぉ〜? 超能力だ。すごい。あれ? でも、シオリのスキルは《神器の使い手》だよね? 超能力じゃなくて」


「はい。ですので、これは神器の力、所有者の周囲を自由に移動できる、というのがこの双剣の力なんです」


「へ〜、薙刀と比べると、ちょっとショボいかも?」


「それは使い方によるだろ。嬢ちゃん、どれくらいのスピードで動かせる?」


「試してみましょうか」


 言いながら、栞先輩が立ち上がり、訓練場の真ん中まで歩いて行く。神器の双剣も栞先輩の後ろについていった。


「いきます」


 そして、双剣が栞先輩の周りを動き出す。カクカクと軌道を変えながらジグザグに動き、壁にぶつかる寸前で方向転換したりしていた。直角に動いているのに、いっさい減速しているようには見えない。

 高速で動き回る双剣たちは、栞先輩の周りに戻ってきて、ぐるぐると回りだす。すぐに、目にも止まらぬ速さまで加速した。栞先輩の服がバタバタと揺れ出す。というか、栞先輩は制服姿、スカートなわけで……


「栞ちゃん! スカート!」

 ゆあちゃんが止めに入り、


「この!」

 鈴に頭を掴まれた。


「イッシン、みちゃダメ」

 向こうではムーニャの声が聞こえる。


「あっ……これはお恥ずかしいところを……見ましたか?」


 双剣の風切り音が消えて、栞先輩の質問が聞こえてきた。

 誰に聞いているんだ? オレか?


「い、いえ……」


 純白のレースがチラリと見えたとは、とても言えない。


「そうですか……」


「あんた、ホントに見てないわよね?」


 チビが頭をグリグリやりながら、耳元で問いかけてくる。ムカつくが、激しく頷いておいた。


「……まぁいいわ。その双剣、まぁまぁ使えそうじゃない?」


「そ、そうですね。本当は陸人くんが使ってくれればいいんですが」


「い、いやー? オレには動かせないですしー」


「で、でも、神器は切れ味が落ちないし、壊れない武器ですし、陸人くんが装備するのもありなのではないでしょうか?」


「そ、そうですかね~?」


「いや、とりあえず、嬢ちゃんが装備しておいてくれ。で、咲守が双剣を投げ尽くして、素手になっちまったら渡してやればいい。そのあたりの連携も訓練していくぞ。おい、ムーニャ、もういいだろ、離れろ」


 ムーニャは、師匠の両目を目隠ししていたようだ。師匠に言われて手を離す。


「イッシン、見たかったら、ムーニャの見せてあげるよ?」


「あ? ガキに興味ねーよ」


「あっ……」


 オレは察した。その発言がダメだということを。


「あ?」


 女性陣が師匠を取り囲む。ムーニャは師匠の後ろでしょんぼりしていた。師匠からは、ムーニャの顔は見れない位置だ。


「な、なんだよ?」


「荻堂先生、いい加減にしてください」


「なにが……」


「鳴神流の同門として恥ずかしいです」


「どういう……」


「とりあえず! ムーニャに謝りなさい! このバカ師匠!!」


 師匠はしばらく抵抗していたが、女性陣の尋常じゃないキレっぷりに、ついには折れてムーニャに頭を下げていた。なんで謝っているのかはわかっていなそうだ。


 そんな師匠を見て、


「おぉ〜、アホのイッシンが謝ってる。気持ちいぃ〜。みんなが怒ると言うこと聞くんだ? みんな、ダイスキ、もっとやるといい」


「おまえ……」


「ノンデリ師匠、次なんかいったらブツわよ?」


「……」


 こうして、神器の話もあまりできぬまま、ノンデリ師弟のお説教がメインの1日となったのだった。

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