第99話 ムーニャの好きな人
ムーニャがパーティに入ってから数日間、オレたちは大きなトラブルもなく訓練を続けていた。
初めての出会いからは想像もつかなかったが、ムーニャのやつは意外と器用に連携をこなしてくれている。オレが下がれと言えば下がるし、交代してくれと頼めば、ちゃんとカバーにも入ってくれているのだ。
最初会ったときは、絶対に仲良くなれないと思ったものだが、意外や意外である。
そんなオレたちの様子を見て、「この調子なら、そろそろどこかのダンジョンで実践訓練でもしてみるか」と、師匠が言い出したタイミングで、ある物が政府機関から返ってきた。
「鈴さん、アレが今日の午後、返ってくるみたいですよ」
朝礼のときに、そう、桜先生から告げられる。
「アレ? あー……神器ね?」
「はい」
「神器? 神器って、シオリが持ってるよね? 返ってきたってどういうこと?」
ムーニャのやつが教室の自分の席に座った状態で質問する。ムーニャは、防衛大附属高校に留学生扱いで通うことになっていた。
留学生なのに、着ている制服は防衛大附属のものではなく、前から着ている制服と同じだ。ムーニャ曰く、「アメリカで着てた制服、ムーニャによく似合うから気に入ってる」だそうだ。桜先生が困り顔で着用許可を申請し、一応許可が出ているらしい。
ちなみに、ムーニャがうちのクラスにいるのは、オレの《クラス替え》スキルの効果ではない。ムーニャのオレに対する信頼度はまだ低いようで、加入できなかったのだ。
そうそう、神器の話に戻ろう。
「神器ってのはアレだ。この前、池袋駅ダンジョンで手に入れた2つ目の神器のことだよ」
ムーニャの疑問に答えてやる。
「へ〜? そんなのがあったんだ? どんな武器なの?」
「双剣よ」
「ふ〜ん? ムーニャ、見てみたい」
「私の方で受け取りますので、放課後、訓練の時に持っていきますね。今日は陸人くんのお家でしたっけ?」
「はい。その予定です」
「では、そのときに」
ということで、双剣の神器のお披露目は放課後ということになった。
♢
放課後になり、全員揃って鈴のリムジンに乗り込む。
「あれ? 師匠は?」
「荻堂先生は、一度道場に帰ってヘラクレスさんを連れて合流するって言ってましたよ?」
ほほう?
「なんでですかね?」
「稽古に協力してもらうとかなんとか言ってたような気がします」
「へー?」
と会話しながら自宅へと向かう。車の中で、ムーニャのやつは、ゆあちゃんからお菓子を与えられて餌付けされていた。ハムスターのようにむしゃむしゃ食べていて、栞先輩とゆあちゃんに頭を撫でられている。ペット的なポジションに就任したようだ。
リムジンが自宅に到着する。
師匠は遅れてくるということで、訓練場には向かわず、とりあえず家の方に入ることにした。お母さんに事情を話し、リビングに通して貰う。
「あらあら、知らない女の子がいるわね」
「ムーニャはムーニャ。よろしくね」
「ムーニャちゃんっていうのね。よろしくね〜。私はりっくんのお母さんよ」
「リクトのお母さん。優しそう」
「あら〜、可愛い子ね。こちらにどうぞ」
みんながそれぞれ、リビングのソファに腰掛ける。3人がけのソファと1人がけのソファが2つあるのだが、女性陣で埋まってしまったので、オレは少し離れたダイニングテーブルの方に腰掛けた。
それから、お母さんがお茶を用意してくれたので、一緒に運んでみんなに配る。
お母さんはムーニャに興味があるらしく、テーブルの前のカーペットに座ったので、オレもそれに習い、隣に座ることにした。
「ムーニャちゃんは、どこから来たのかしら?」
「ムーニャは、アメリカから来た。その前はロシアで、その前は日本、故郷はイギリス」
「へ〜、そうなの〜。色んな場所に行ってるのね? なにしてたの?」
「剣の修行。ムーニャは最強の剣士になる。今のところ、ライバルはイッシン」
「イッシンって荻堂先生のことかしら?」
「そうだよ。てか、オレの方がおまえより強いだろ。ライバルはオレだろ」
「リクトはまぁまぁ強いけど、ライバルとしては役不足」
「なんだコイツ」
「あら〜? 嫉妬かしら~?」
「はい? お母さん、なに言ってるの?」
「う~ん、お母さんね、てっきりまた、りっくんが新しい女の子引っ掛けてきたのかと思って〜」
「は、はぁ〜? なんのことだよ?」
お母さんの発言に、ムーニャ以外の女性陣がピクリと反応した。嫌な気配を感じる。
「んん……私としては、これ以上増えるのは困りますね。まぁ、勝つのは私ですけど」
「あらあら〜?」
「ゆあが一番付き合い長いんだから! ゆあしか勝たないもん! ねぇ! おばちゃん!」
「あら〜?」
「……双葉家は、結構お金持ちだと思うんだけど? 将来安泰よ?」
「あら? 鈴ちゃんも参戦したのかしら?」
「お母様、私でしたら、陸人くんを真人間に育てれます」
「そう言われると安心かも〜?」
みんなが、訳のわからない会話を繰り広げ出す。この人たちはなにを言ってるんだ?
「そういうことみたいだけど、ムーニャちゃんもりっくん狙いなのかしら?」
「ムーニャ? ムーニャは、リクトに興味ない。ムーニャが好きなのはイッシン」
「……は?」
「……え?」
静寂が生まれ、みんながムーニャのことを見る。こいつ、今、なんて言った?
オレたちが今のセリフに言及しようとしたら、チャイムが鳴る。
「はぁ〜い。あら、荻堂先生、今ちょうど先生の話をしていたんですよ〜」
そして、師匠がリビングに入ってきた。
「おい、さっさと訓練するぞ」
みんなして、その男と、ムーニャのことを交互に見る。全員、無言だ。
「あ? なんだよ?」
この2人ってそういう? え? そういう感じだったの?
「ロリコン……」
鈴がボソリと呟いて、ムーニャの年齢を思い出した。コイツって、オレと同い年だから、15歳だよな? 師匠は27歳で……
「12歳差……まぁ……オレは応援しますよ?」
「あ? なんの話だ? さっさとやるぞ。いくぞクレス」
「かしこまりました。一心様」
師匠がヘラクレスを連れて、訓練場の方に移動を始めた。
オレも後を追おうとするが、みんなは、席を立たない。やはり、さっきの話が気になるようだ。
「ね、ねぇ、ムーニャちゃんと荻堂先生って……その……お、おつつ、おちゅき合い、とか……してるの?」
ゆあちゃんが切り込む。
「お付き合い? してない。告白してない」
「そうなんですか。ちょっと安心しました。というか、ムーニャちゃんって、荻堂さんの家に居候してますよね?」
「うん」
「その……好きな人と暮らしてて……トラブルとかって……ほら、洗面所とかで、着替え中に、みたいな……」
「トラブル? 特にないよ。イッシン、ムーニャの気持ちに気付いてない。ムーニャも伝える気ない」
「なんでよ?」
「ムーニャが告白するときは、ムーニャがイッシンより強くなってからって決めてる」
「そんなん一生無理だろ」
ふと、口を挟んでしまった。すると、女性陣全員から睨まれる。
「うえ?」
「陸人くん?」
「りっくん?」
「あんた、サイテーね」
「あらあら……私の育て方が悪かったのかしら……」
「お母様、私が陸人くんを教育します」
殺気だった。みんなから黒いオーラが立ち上がっている。
めちゃくちゃ気まずい。なんだっていうんだ? だって、最強の師匠に勝てるはずなんてないだろ? でも、それを言える雰囲気ではない。
「えっと……あー! 訓練しないと! 師匠を待たせるわけにはいかないしねー!」
オレは逃げるように訓練場へと急いだのだった。
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