第97話 天才との決闘

-ムーニャとの決闘当日-


「おはよ」


「……」


 放課後の訓練場に、ムーニャのやつがやってきた。無表情で、飄々とした態度をしている。緊張感なんてものは皆無だ。


「挨拶もできないの? 咲守陸人」


「……おはよって時間じゃねーし」


「ふーん? そうなんだ?」


 ムーニャはそれだけ言って、ボーッと天井を眺め出した。『退屈だ』そう言いたげに見え、イラっとする。


「ムーニャ、おまえ、今日が決闘だってわかってんのか?」


 師匠もムーニャの気の抜けた様子に呆れた声を出す。


「だって、どうせムーニャが勝つ。さっさとやろ? ねむい……むにゃむにゃ……」


「……」


 キレそうである。


「だとよ、咲守、おまえ、舐められてるぜ?」


 師匠がくっくと笑う。


「ですね。油断大敵という言葉を教えてやりますよ」


「おし! 行ってこい! 絶対負けるな!」


 バチン! 師匠に背中を叩かれる。気合いが入った。不思議と、オレは絶対に負けない、という気持ちになれた。


 装備一式を背負って、訓練場の真ん中へと歩いていく。いつもの装備だ。背中に3セット、腰に1セットの双剣を持ち、敵の元へと向かう。


 ムーニャのやつは、刀一本を持って、すでに待ち構えていた。


「咲守陸人、負ける覚悟はできた?」


「そんなもんしてねーよ。おまえこそ、それだけ偉そうにして負けたら、恥ずかしいだろうなぁ?」


「ムーニャ、負けない」


「オレも、絶対負けない」


「……」

「……」


 静かに睨み合う。そして、試合開始の合図を待った。


「はじめ!」


 師匠の声が聞こえ、それと同時にムーニャが飛び込んできた。鞘から刀はまだ抜いていない。接敵と同時に抜く気だろうか。それを確かに認識しながら、オレも前方に飛び出した。


「っ!?」


 ムーニャの驚いた顔が目の前にある。

 オレは、剣を抜かずに右手を前に出していた。ムーニャの刀の柄を手のひらで抑え、抜けないようにして力を込める。


「……なんのつもり?」


「これで、おまえのスピードについてけるってわかったか?」


「……ムーニャの隙をつかなかったこと、後悔することになる」


「隙なんか作ってる時点で、三流なんじゃないか?」


「……」


 バチンと弾き合うように、オレたちはお互いの後ろに飛んだ。飛ぶと同時に背中の双剣を抜く。元いた位置まで戻ってきて、睨み合う。すぐに双剣を振りかぶり、2セット分、ムーニャに向けて投げ放った。走る。


 ガキン!キン!

 最初の2本がムーニャによって弾かれる。オレは弾かれてきた一本を、もう一度蹴りで跳ね返した。

 そのまま、ムーニャとの距離を詰める。両手2本と空中から3本、さぁ、どう防ぐ。


「……こんなの当たらない」


 ムーニャは這いつくばるように低く構え、オレの足目掛けて刀を振るってきた。


「あぶね!」


 くるりと回転して、ムーニャの頭上を超えて回避する。そして、戻ってきた1セットの双剣をキャッチした。もう1セットは、地面へと落ちる。


「スピードはまぁまぁだね。でも、攻撃がつまらない」


「そうかよ」


 オレはまた双剣を2セット投げ込んだ。これでもう、背中の双剣はない。


「同じ手? つまらない」


「どうかな!」


 今度はオレは接近しない。ムーニャが弾いた双剣をキャッチし、何度も投げ返す。速度をさらに上げ、ムーニャの周りを飛び回るように移動した。もはや竜巻のようになっていると思う。


「うっとうしい……でも、すごいスピード」


 竜巻の中から、急角度をつけ、飛び出す。双剣で斬りつけ、また竜巻へと戻った。4本の双剣の嵐、そして、どこからか突進してくるオレに、さすがのムーニャも汗を流し出す。


「ふぅぅ……本気でいく」


 1週間前に、師匠との戦いで見せた突きの構えだ。

 刀を持った右手を後ろに引き、左手を剣先に添え、腰を落とす。4本の双剣を投げ込んでいるのに、最低限の動きでそれらをかわし出した。弾くことすらしない。全て見切られているということだ。

 でも、今なら、避けながらじゃあ、突きの構えは完璧じゃないはずだ。そう判断し、オレはムーニャに対して、正面から飛び込んだ。


「舐めないで!」


 激昂するムーニャ。右腕から、神速の突きが繰り出される。

 目の前に剣先、とんでもないスピードだ。だが、見えている。かわし、双剣でクロスに受ける。そのまま滑り込んだ。刀から火花が散る。


「らぁ!」


 柄をまで剣を滑らせて、その勢いのまま、肘を突き出した。


「ぐ!?」


 ムーニャの脇腹にヒットする。


「まだ!」


 刀を下段に向かって振り下ろしてきた。しかし、それも身体を回転させて回避する。


「くそ!」


「なにか、忘れてないか?」


 4本の双剣がムーニャ目掛けて飛んできていた。


 キンキン!キンキン!

 なんとかそれを弾くムーニャ。だが、そこには致命的な隙が生まれていた。オレは懐にいるのだ。


「がっは!?」


 トドメに、双剣をすてて掌底を両手で叩き込んでやる。手加減はほとんどしていない。できる相手じゃないと、わかっていたからだ。


 膝をつくムーニャ。ダメ押しと言わんばかりに、背中に回り込み、組み伏せた。


「くっ……!」


 押さえ込まれ、一瞬抵抗を見せるが、徐々に力を抜いていくのがわかった。決着、そのはずだ。


「もういいか?」


 師匠が近づいてきて、オレたちに声をかけた。


「……」

「……」


 オレは力を緩めない。下にいるやつからは、まだ闘志が消えていないからだ。


「おい、ムーニャ、おまえに聞いてんだ」


「……わかった。ムーニャの負け。参った」


 降参のセリフと同時に闘志が霧散するのを感じ、オレは手を離し立ち上がる。

 ムーニャも遅れて立ち上がった。


「……」


 オレを見て、ムーニャが手首を揉みながら、悔しそうな顔を向けてきた。オレとしては、『どやぁぁ、オレの勝ちだぁぁぁ』の気分だったが、オレは大人なので澄ました顔をしておいてやる。ふふん!


「どうだ? オレの一番弟子の力は? なかなかやるだろ?」


 師匠が話し出すと、鈴と栞先輩、ゆあちゃんも近くにやってくる。


「……たしかに強かった。でも、もう一回やればムーニャが勝つ」


「ま、それはそうかもな。だが、剣士として約束は守れ。おまえはこの前なんて言った?」


「……ムーニャが負けたら、咲守陸人をリーダーと認める」


「そうだ。こいつのこと、認めるな?」


「……わかった。不承不承ながら認めてあげる」


「なんだそれ、どういう意味だっけ?」


「イヤイヤ認めてやるって意味よ」


「なんだそれ! 負けたくせに!」


「ムーニャ負けてない」


「負けただろ!」


「うるさいなー。認めてあげたんだから静かにして」


「なんだこいつ! 師匠!」


「はぁ……もう後は好きにしろ。ムーニャ、おまえは咲守をリーダーと認めてダンジョンに挑め。こいつらの足を引っ張ったら俺が許さん。以上だ」


 師匠は、やれやれ、という顔を浮かべて壁際に引っ込んでいった。桜先生の隣に腰掛け、お茶を飲み始める。


「おまえ! 負けたって認めろよ!」


「うるさいなー。はいはい、負けた負けた」


「ムカつく!」


「激おこで草w」


「りっくん、落ち着いて」


 ゆあちゃんがなだめてくれるが、ムーニャのやつは、オレのことを無視して、よくわからないことを言い出す。


「双葉鈴、スズとも戦いたい」


「なんでよ? イヤよ」


「イヤなの? ムーニャ、No.2の座が欲しい。ダメ?」


「ダメよ。そもそも、わたし剣士じゃないし」


「ダメかぁ……」


「ふふ、それでは私とはどうでしょう? ぜひ、手合わせ願いたいですね。私も鳴神流ですので、ムーニャさんと同門ですよ?」


「そうなの? でも、薙刀持ってる。鳴神流は刀の流派、ウソはだめ」


「嘘……ふふ……嘘ではありませんけど、ムーニャさんはおバカなのでわからないかもしれませんね?」


 あ、栞先輩の頭に怒りマークが……鳴神流のことになると沸点が低いようだ。本家の娘なのに、嘘つき呼ばわりされてキレてるっぽい。


「むっ、ムーニャ、バカじゃない。いいよ、手合わせしてあげる。勝ったら、ムーニャがNo.2」


「いいですよ。じゃあ、私が勝ったらムーニャさんはNo.5、ヒエラルキー最下位です」


「上等」


 そして、2人の戦いが始まった。


 結果、最初の一太刀目で、あっという間に決着がついた。


 勝者は栞先輩。ムーニャの突進を薙刀で受け止め、神器から電撃を放つことでムーニャを感電させて倒したのだ。


「う、うう……何この力……卑怯……剣士なら自分の力で戦うべき……」


 カエルのように痙攣しながらムーニャが抗議の声をあげる。


「スキルも私の力です。負け惜しみですね。ヒエラルキー最下位さん」


 栞先輩はスッキリした顔をしながら、まだ毒を吐いていた。腹の虫は治ってないようだ。


「ぐぅ……」


「あと、私の名前は鳴神栞、鳴神流の直系です。今は薙刀を極めんとしていますが、門下生として、ちゃんと敬意を払うように」


「鳴神栞……こわい……がくっ……」


 そして、ムーニャは死んだふりをきめはじめたのだった。

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