第95話 2人の家族

「なんかごめん……」


 ベンチに座る鈴に、通信デバイスのことを謝る。鈴はこちらを見ずに、のんびりした口調で答えてくれた。


「別にいいわよ。あんたが言わされてるセリフくらい、判別できるし」


「マジかよ……」


「マジよ。何年一緒にいると思ってんのよ」


 そういう鈴は、膝に両肘を乗せ、両手で頬を支えながら、花壇の方を見つめている。

 つられるように、オレも、花壇を見る。


「たしかになー。もう長い付き合いだもんな」


「……あのさ、池袋駅ダンジョンでは、わたしのこと必死に助けてくれてありがと……」


 唐突に話題が変わる。鈴は、やっぱり、オレのことを見ていない。


「なんだよ急に……あれは師匠が助けてくれたんであって、オレはなにもできなかったし……」


「そんなことないわよ。あんたの手が血まみれだったの知ってるし、必死で助けようとくれたんでしょ? 通信越しの声でもわかったわ。すごく、心配してくれてるって……」


「ま、まぁ……」


「だから、ありがと……」


「いや……別に……」


 夕日が照らす中、誰もいない公園で変な沈黙が流れる。こいつ、急にしおらしくなって、どうしたんだ?


「……ねぇ、今まで聞かなかったけど、陸人のお姉さんのこと、教えてくれない?」


「うみねぇちゃんのこと?」


「うん。わたしもベルがどんな子だったのか、話すから」


「まぁ、別にいいよ」


「……あのね。ベルは、わたしとは違って、すごく優しい子なの。言葉遣いも優しいし、穏やかで、誰にでも優しくできる可愛い子。だから、友達もたくさんいた」


「おまえとは正反対だな?」


「……うっさい。それでね。わたし、小さい頃は男子によくからかわれてたの。小さい頃のわたしは、からかわれると、すぐ怒ったし強く言い返してたから、面白がられてたんだと思う。……ううん、違うわ。わたしが可愛すぎて、ちょっかいをかけたかったのよ。でも、当時はそんなことわからなくって、悔しかったなぁ。なんで、わたしばっかって」


「なんだこいつ、自己評価高いな」


「殴られたいの?」


「いや?」


「はぁ……それでね。当時のわたしは悔しくって、1人になると泣いてたの。チビとかブスとか言われて悔しくって。でも、しばらくしたら、男子たちがからかうのをピタリとやめたのよ。なんでだと思う?」


「んー? 飽きたから?」


「違うわよ。ベルがね。〈お姉ちゃんはみんなと仲良くしたいだけで、素直じゃない子なの。ツンデレって言うんだよ。だから、いじめないで? お願い〉って、話して回ったんだって。男子に1人ずつ」


「お〜、すごい勇気だな」


「そうよね。小学生低学年の女の子ができることじゃない。でも、わたしの優しい妹はそれをしてくれた。友達の話だと、ベルは男子の前で震えながら話してたらしいわ。すごく怖かったんだと思う。でも、わたしのことを思って、わたしを助けてくれた。だから、わたしはあの子のことが大好き。だから、絶対に助けたい」


「なるほどな〜。ベルってのはいい子なんだな。さすがおまえの妹だ。オレも友達になりたい」


「さすがってなによ。それに、ふふ、あんたみたいなコミュ障が友達になれるかしら?」


「別にコミュ障じゃねーし。……友達は少ないかもだけど」


「ぷっ。ふふ……ふぅ〜、じゃあ、次はあんたの番」


 鈴が頬をつくのをやめ、オレの方を見る。

 オレも鈴のことをチラリと見てから、また前を向いて、ゆっくりと口を開いた。


「オレのおねえちゃん、海歌ねぇちゃんは、すごく優秀で、子どもとは思えないカリスマ性のある人で、オレとゆあちゃんのヒーローだった」


「たしかダンジョン災害のときは、小学四年生だったわよね?」


「ああ、その年齢なのに、あまりに大人じみてたから、神童って呼ばれてたんだ」


「へぇ」


「でさ、そんなうみねぇちゃんのこと、ずっと大好きだったんだけど、オレたちにも鈴みたいなエピソードがあるんだよ」


「そうなんだ? 聞かせてくれる?」


「うん。あれは、小学校に入学してすぐの頃だったかな。学校の近くの公園でゆあちゃんと遊んでたら、中学生の子たちが近づいてきて、俺たちのナワバリで遊ぶなって言ってきたんだ。砂場に作ってた山を蹴られて崩されて、すごく悲しかった。オレたちは、二人して泣きながら帰ろうとしたんだ。でも、たまたま通りがかったうみねぇちゃんが間に入って、庇ってくれた。オレたちに謝れって、公園はみんなのものだって」


「それ、大丈夫なわけ? 中学生男子 vs 小4女子ってことでしょ? 相手は何人?」


「5人」


「無謀でしょ」


「うん、無理だった。うみねぇちゃんは、長い髪の毛を引っ張られて、突き飛ばされてた。オレたちは、それを見てもっと泣いた。泣いて泣いて、へたり込んでたら、大人がやってきて、その日はなんとか助かったんだ」


「ふーん? たしかに、すごく勇気のある女の子ね? それにしても、あんた泣き虫だったの?」


「ま、そうだな。あのときのオレは泣き虫だった。たぶん、うみねぇちゃんに頼りっきりで、甘えてたんだと思う」


「なるほどね。それで、その海歌さんが勇気を出して庇ってくれたのを見て、もっともっと大好きになったって話?」


「待て待て。これで終わりじゃないぞ? それから一ヶ月後、うみねぇちゃんは、やつらに復讐をかますんだ」


「はい?」


「うみねぇちゃんは、一ヶ月のうちに、ネットであさってきた動画で合気道をマスターして、公園に再訪問、中学生5人をギッタンギッタンにしてやったんだ!」


「は? それマジな話なの?」


「大マジだ! オレはすごく誇らしかった! オレのねぇちゃんはすごいんだぞって! 正しいんだって!」


「……あんた、子どものころから変だったのね……ゆあがかわいそう……」


「変ってなんだよ。たしかにゆあちゃんは、うみねぇちゃんが喧嘩してる間、震えてたけどさ。それよりも、オレが感動したのはそこじゃないんだ」


「じゃあどこよ? バイオレンスかっけぇ、じゃないわけ?」


「違うっつの。オレが感動したのは、一ヶ月の間、学校をサボってずっと合気道の修行をしてたこと、朝から夜中まで、両親の言うことを聞かずに、汗だくになって、庭で修行を続けるねぇちゃんの姿に感動したんだ」


「たしかにすごいかも……てか異常よ……」


「はは、まぁな。でもさ、うみねぇちゃんは、修行しながらこう言ってたんだ。〈力がないだけで舐められるのは違う〉、〈間違ってることを間違ってるって言えないのはおかしい〉、〈私の大好きな弟と幼馴染がいじめられたんだから黙ってられない。私が絶対なんとかする〉って言いながら、汗だくになってた。そんな、うみねぇちゃんの姿は、今でもずっと目に焼き付いてる。だから、オレたちは、うみねぇちゃんのことが大好きなんだ。ま、おまえと似たようなもんだよ」


「そっか……うん……同じね」


「ああ」


 オレたちは顔を見合わせて、笑い合った。優しい風が吹いて、鈴のツインテールがピコピコと揺れる。


「……あのさ、好感度をカンストさせるためになんだけど……あんたの本当の気持ち、教えてくれる?」


 突然、好感度の話に戻った。鈴のやつは気まずそうにモジモジしている。


「本当の気持ち? なんだろ。まぁいいけどさ」


「……あんた、わたしのこと、嫌いじゃないの?」


「は? 前も言ったけど、嫌いなわけないだろ、むしろ好きだよ」


「っ!? そういうこと! 軽々しく女の子に言わない!」


「へ? ああ、はい。そんで? そんだけ?」


「……なんで嫌いじゃないのよ。なんで、好きなのよ。わたしなんかのこと……」


 今度は、しょんぼりとして、不安そうな表情になった。どうしちまったんだ、こいつは。


「なんか? なんかってなんだよ。おまえは凄いやつだろ?」


「……どんなところが?」


「まず、女なのに、1人でダンジョンに潜ってたのが凄いって思ったし、考えなしのオレに色んな作戦を考えてくれただろ? 中学の時のオレは、ゆあちゃんを守るとかなんとか言いながら、おまえがいなかったら1人で東京駅ダンジョンに忍び込んでたと思う。それで捕まってたかもしれないし、ダンジョンで死んだかもしれない」


「うん……」


「でさ、おまえが冷静に作戦を考えてくれて、まずは力をつけようとか、連携の仕方や布陣について指示してくれて、そのおかげで目白駅ダンジョンを攻略できた」


「あれは……わたしの力じゃないわ。あんたが10時間も戦ったから……」


「それは3人とも同じだろ? それに、目白駅ダンジョンのマッピングとか、情報をまとめてくれたのはおまえだ。おまえが冷静でいてくれたから、オレたちはここまできた」


「……でも、わたしなんて……」


 鈴はまだしょんぼりして苦しそうにしていた。だんだんムカついてくる。こいつが自分自身のことを認めていないのが気に入らなかった。


「なんだおまえ? 今日はやけにネガティブだな? なんて、とか言うなよ。おまえはスゴいじゃん」


「でも……」


「あのさ、色々言ったけど、オレはおまえに感謝してるし、たぶん、いや、たぶんじゃなくてさ。オレ、おまえのことを一番尊敬してる。ここまで、オレをつれてきてくれて、ありがとな」


「っー……それ、本気で言ってるの?」


 オレは、恥ずかしくって前を向いていた。隣からまっすぐと視線を感じる。オレのことを見て、目を離さない。


「本気の本気だ。こんなん嘘で言えるか。恥ずかしい」


「そっか……ありがと……」


「ど、どういたしまして?」


 素直にお礼を言われて調子が狂う。


「あのね……」


「なんだ?」


「わたしも……あんたのこと、尊敬してる……」


「マジかよ。さんきゅー」


「そんに……一番……すき……かも……」


「おぉ〜マジか。ありがとう。……ん? すき?」


 そこでオレはどういう意味なのか気になり、鈴の方を向いた。


 すると、そこには、すぐ近くに鈴の顔があって、徐々に近づいてきているところだった。


 赤い顔でうっとりとオレのことを見つめている。目の中はうるうるしてて、片手を胸に当てて、少し苦しそうでもあった。


いや、それより、ちかっ、もう口が……


「だめぇーー!!!」


 ビクッ!?

 ビクッ!?


 突然の大声に、正気に戻るオレたち。くっつきそうだった距離は、さっきまでの位置へと戻り、二人して下を向いた。


 大声の主が誰だったのか気になり、視線を泳がすと、花壇の後に、それらしき人物が立っているのを見つけることができた。ゆあちゃんだ。そして、遅れて桜先生と栞先輩も、花壇の下から姿を現した。


 怒り顔のゆあちゃんがオレたちをまっすぐ見ながら、ズンズンと大股で近づいてくる。

 目の前まできて、腰に両手を当てて、また大きな声を出した。


「2人とも! なにしようとしてたの!」


「へ? なにって? なんだろう?」


「鈴ちゃん!」


「なにもしようとしてないわよ!」


「ウソ! ゆあには鈴ちゃんから近づいてたように見えたよ!」


「気のせいじゃない!? こ! こここ! こいつがいいムード作るからつい!」


 いいムードとは? オレにはわからない。


「ついってなに!」


「なんなんでしょう!?」


「急に敬語やめてよ! 結局、鈴ちゃんはなんなの! どうするの!」


「どうってなによ!」


「結局のところ、鈴さんも陸人くん争奪戦に参加するってことでいいですか?」


 桜先生がニッコリ微笑んでくる。


 それを見た鈴は、オレと、みんなのことを交互に見て、赤い顔でコクリ、と頷いた。頷いた後、鈴は顔を上げない。


 そのあと、ゆあちゃんが発狂したのは、言うまでもないだろう。


 ところで、争奪戦って、なんなんだ? みんなは、オレのことをペットにでもする気なのだろうか?

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