第94話 女の子の買い物事情

 鈴の洋服を見にいくことになったオレたちは、レストランを出て、東棟への連絡通路へと向かった。このファッションビルには、東棟と西棟があり、オレたちがいるのは西棟の8階だ。7階に連絡通路があるらしいので、エスカレーターで1つおりて、歩いていく。

 連絡通路を進み、東棟に入ったあたりで、鈴がこちらを向いた。


「わたしがいつも行くお店、いくつか見てもいい?」


「もちろん。いくつでも付き合うぜ」


 オレは、白々しく親指を立てた。


「ほんとにぃ? あんた、途中で飽きたとか言い出しそうなんだけど?」


「まさかまさか。オレの服も選んでくれたことだし、おまえも好きなだけ選んでくれたまへ」


「ふーん? 意外と紳士ぶることもできるみたいね? じゃ、とりあえず、この階のお店は全部見るわよ」


「ぜ、ぜんぶ?」


「なによ?」


「い、いや、ナンデモナイデス」


「……ぷっ! もうボロが出てるわよw ほら、行くわよ! 全部ってのはウ~ソ♪」


「あ! おまえ! このやろ!」


 クスクスと笑っているクソガキの後を追う。オレはなんとか仕返ししてやろうとか考えていたが、楽しそうに服を選らぶ鈴のことを見て、そんなことはどうでもよくなった。

 結局、この階で見たお店は2店舗で、特に気に入ったものは見つからなかったようだ。

 エスカレーターに乗り、下の階へと向かう。


『陸人くん、鈴ちゃんに服の好みを聞いてください。可愛い系か美人系か、みたいな』


 ふむ?


「なぁなぁ」


「なによ?」


「おまえ、可愛い系の服と美人系の服どっちが好きなんだ?」


「なによそのジャンル……その二択なら、大人っぽい感じが好きよ?」


「へー」


『陸人くんとしては、鈴さんには、どっちの系統が似合うと思いますか? 素直に考えて、鈴さんに伝えてください」


 どっち? どっちとは? 可愛い系か、美人系だっけ?


「へー、ってなによ。そっちから聞いといて。変なやつね」


「んー、いや。おまえは可愛い系だから、可愛い系の服が似合うんじゃねぇの? と思って」


「……は? ……え?」


「ん?」


 オレの発言を聞いた鈴がピクリと震えたあと、こっちを見る。なんかワナワナと震え出した。怒ってはいないようだが、頬は赤い。


「な、ななな! なに言ってんのよ! 可愛い系!?」


「なんだよ急に!」


「だって! あんた、わたしのことそんな風に思ってたの! 可愛いって!」


「は、はぁ!? な、なにが! 勘違いすんな!」


「勘違いってなによ! 今言った! 可愛い系だって! 言ったじゃない!」


「う、うるさいなぁ! 次の店いくぞ!」


 やられた。無意識とは言え、桜先生のせいでとんだ失言をしてしまった。鈴のバカに指摘されて、恥ずかしいことを口走ったと、やっと気づいたのだ。

 オレは、わぁわぁ騒いでる鈴を無視してエスカレーターの階段を下り出した。ココにいても気まずすぎる。さっさと次の店に向かうとしよう。


 結局、その後、鈴のやつはしばらく赤い顔をしたまま、ジト目を向けてきたものだ。そして、ジト目の鈴に何着か服を試着させ、桜先生の指令通り、「似合ってる」とか、「か、かわいい……」とかまた言わされたりして、その度、鈴は赤い顔でジト目を向けてきた。

 オレだって恥ずかしくて死にそうだ。なんなんだこの時間は……


 なんやかんやで、鈴の買い物は2時間くらい続き、お昼ご飯を食べてから、また別のビルに連れ込まれ更に2時間も付き合わされた。

 正直、クタクタだ。どの服も同じに見えてくる。もう、どれでもええやろ。


『陸人くん、頑張って、強くなるため、好感度のカンストのためです』


 そうだな、頑張らねば……

 自分に言い聞かせ、気合を入れ、さらに1時間後、やっと鈴の買い物が終わる。結局、あいつは、靴下を一足買っただけだった。

 

 なんでやねん。5時間も見て回ったならもっと買えや。


「もっと買えって顔してるわね」


「ソンナコトナイヨ?」


 夕方、駅前にてジト目を向けられる。


「……で? 今日の目的はなんだったわけ?」


「え? だから、服を選んでもらいたくて」


「ウソね。どうせノンデリ師匠あたりから、わたしの好感度カンストさせてこいって言われたんでしょ? 栞のときみたいに」


「な、なんで……」


「やっぱね」


『もう誤魔化せなさそうですね。あとは陸人くんにお任せします。誠意を持って対応して下さい』


 丸投げですか……桜先生……

 そう思いながらも、観念した。「ふぅ……」と息を吐いてから、口を開いた。


「……ま、その通りだよ。ムーニャに勝つために、ステータスポイントが欲しくて、おまえを誘った。悪かった」


 頭を下げる。


「別にいいわよ。最初から予想してたしね」


「そうなのか?」


「ええ。あんたみたいなファッションに興味がないやつが服を選びたいってのが、そもそもおかしいのよ」


「まぁ、そっか。さすが鈴。でもさ」


「なによ?」


「今日は普通に楽しかったよ。服を見るのも新鮮だったし、おまえとバカな話するのも面白かった。なんかごめんな、変なことに巻き込んで。オレ、ちゃんと自分の力で勝つよ」


「……なによそれ……わたしだって……(小声)たのしかった」


「え? なんて?」


「なんでもない! あんたこの後時間あるわよね!」


「ああ……特に予定はないけど、修行くらいしか」


「じゃあ、ちょっと付き合いなさい!」


「あ! おい!」


 オレは、突然キレだした鈴に腕を引っ張られて、リムジンの中に放り込まれた。



 鈴に連れてこられたのは、小さな公園だった。


「ここは?」


「わたしと鐘が小さいときに遊んでた公園」


「へー?」


 公園は住宅地の中にある小さなもので、砂場と滑り台、鉄棒とブランコ、それと小さなジャングルジムにベンチがあるのがわかる。ぜんぶ視界の中におさまる小さな公園だ。


「なんていうか、お金持ちの子どもでも、こういうところで遊ぶんだな?」


「子どもなんてどこも同じよ。この公園は鐘が見つけてきて、あそこの花壇のお花が綺麗だって教えてくれて、よく遊ぶようになったの」


「へー。たしかに綺麗だな」


 鈴が指差す方には、青い花と黄色い花、ピンクの花が綺麗に三列になって並んでいる花壇があった。管理人の趣味なのか、丁寧に育てられているように見える。


「座りましょ」


「そうだな」


 鈴と一緒に公園のベンチに腰掛ける。


「ねぇ、あんた、通信デバイスで桜せんせのアドバイス聞いてるでしょ」


「あーうん。うん?」


『ちょ!陸人くん!』


「やっぱりね? それ、はずしてくれない?」


『陸人くん! 紳士的に! 丁寧にですよ! あと! ちゃんと日頃の感謝を伝えて!』


 りょ、了解です……と思いながら耳の後ろのデバイスを外す。


「ん」


 鈴に手を差し伸べられた。〈寄越せ〉ということだろう。デバイスを渡す。


「あんたたち、盗み聞きとか趣味悪いわよ」と言い、通信デバイスを自分のカバンの中に放り込んだ。

 鈴の顔を見る。セリフとは裏腹に怒ってるようには見えなかった。むしろ、穏やかな顔で花壇を見つめている。

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