第80話 あのとき起きていたこと
「ピ……ピ……ピ……」
心電図が心臓の鼓動に合わせて、音を鳴らす。オレは、師匠の病室で目を覚さない師匠の顔を眺めていた。
池袋駅ダンジョンを攻略してから1週間、師匠は目を覚さない。でも、心臓は動いてくれていた。
あのとき、師匠が倒れてから、オレたちは動けずにいた。呆然と、何が起きているのかわからず、眺めることしかできなかったんだ。
しばらくして、師匠がたくさんのケーブルを繋がれてタンカで運ばれていった。桜先生はオレたちに「病院にきて!」とだけ言い残し、救急隊に同行していった。
その後、鈴を診てもらうために一緒に救急車に乗り込み、4人揃って師匠のいる病院に向かうことになる。
救急車の中でも、オレたちは無言だった。なんでこんなことになってるのか、わからなくて、何も言えなかったからだ。
鈴のやつが、ポツリと、「わたしのせいで……」なんて言うもんだから、「それは違う……」とだけ、なんとか答えた。
病院についたら、師匠は「危篤状態です」と医者から告げられた。
そして、オレたちはそのまま一晩病院で過ごし、朝方に、「一命は取り止めた」という報告を聞き、胸をなでおろす。でも、「彼が意識が戻るかはわからない」と告げられる。
「なんで師匠が……」
そこでやっと、オレは師匠に起きたことを質問できるようになった。桜先生のことを見る。
「あのね、陸人くん、それにみんなも。私から話すから、落ち着いて聞いてね」
鈴の病室で、桜先生がゆっくりと説明を始めた。
師匠は、鈴のことを助けるために、瞬間移動を使ってボス部屋までやってきた。そのとき、すぐに桜先生は異常に気づいたそうだ。なぜなら、師匠の戦闘服から送られてくる酸素数値に異常があったからだそうだ。警告音が鳴り続けていたらしい。数値を見ると、師匠の酸素濃度は0だったとのことだ。
つまり、師匠は、20歳以上なのに無理やりダンジョンに侵入した反動で、無酸素状態に陥っていたということになる。
桜先生は、師匠に何度も呼びかけたらしい。でも、「あいつらには何も言うな」それだけ言って通信を切られ、扉を斬り裂いてくれたらしい。
つまり、師匠は、ダンジョンに入ってから5分近く、無酸素の状態で扉を斬り裂き、オレたちのことを先導して走り続け、落ちてくる瓦礫を排除して、ゲートまで送り届けてくれたことになる。
「なんで……言ってくれれば……オレが担いで走ったのに……」
「それは……私にはなんとも……ごめんなさい……すぐにみんなに伝えるべきでした……」
桜先生がオレたちに頭を下げる。
「いえ……桜先生が謝ることじゃないです……」
「うん……荻堂先生……ゆあたちのことを思って、助けてくれたんだもん……桜ちゃんのせいじゃないよ……」
そんな会話をしてから1週間、師匠はまだ目を覚ましていなかった。
オレはふと、病室の傍に置かれた師匠の刀を見る。敬意を払いながら持ち上げて、両手で持って眺めた。
こいつが、扉を斬って、鈴を助けてくれたんだよな……
「ありがとう……」
お礼を言ってから、師匠の手を持って、刀を握って貰った。
「師匠……鈴も、オレたちも助かりました……全部、師匠のおかげです……」
ピク……
「師匠?」
ピク。
刀を握っている師匠の指が微かに動く。そして、ゆっくりと瞳を開けた。まだ、半開きで力の無い開け方だった。
「師匠!師匠!オレです!わかりますか!」
師匠が目線だけをこちらに向ける。
「えっと!ナースコール!」
オレはすぐにボタンを押す。師匠は虚な目のまま、天井を眺め続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます