第81話 目覚め
師匠が目を覚ましてから、数時間後、オレたちの仲間が全員、病院に揃ったころ、医者から呼び出される。
診察室に集まって、師匠抜きの5人で話を聞いて、オレは涙が自然と出た。
『あんなにすごい人がどうしてこんな目に』そう考えるが、鈴がいる手前、迂闊なことを言えず、ただただ、涙を流した。
30分くらいして、落ち着いてから、師匠の病室へと向かう。
病室の扉を開けると、ベッドのリクライニング機能で上半身を起こした師匠と目があった。
「よぉ、おまえら」
いつもの調子で話しかけられ、泣きそうになる。でも、堪えた。
「師匠!鈴を助けてくれてありがとうございます!!それにオレたちのことも!!」
オレは病室に入ることができず、その場で頭を下げた。床に水滴がポタポタと落ちている。
「うるせーやつだな。場所を考えろ。とにかく中に入れ」
「りっくん……」
「はい……」
オレはゆあちゃんに肩を押されて中に入り、師匠のすぐそばに腰掛ける。
みんなで師匠のことを囲うように着席した。オレと鈴が師匠の両脇にいて、1番近い位置だ。2人とも下を向いていたと思う。
「なんだおまえら?お通夜でもやってんのか?誰も死んでねぇじゃねーか」
「……」
「ま、オレは死ぬ気で行ったからよ。命があって、儲けもんってやつだな」
「……」
「……はぁ、なに泣いてんだ。咲守」
「だって……師匠……足が……」
「動かなくなったって?」
「……はい」
師匠の診断結果は、〈長時間の酸素欠乏による下半身付随〉だった。
「これまで、師匠が積み上げてきたものを……オレたちのせいで……」
ガタっ!鈴が勢いよく立ち上がっていた。
「ちがうわ!わたしのせい!陸人たちは悪くない!わたしが欲をかいて神器なんかに手を出したから!」
鈴もポロポロと泣いていた。あいつも、なんだかんだ言って、師匠のことは尊敬していたんだ。
「なんだ、双葉まで。意外だな、おっさんおっさんとかバカにしてたくせによ」
「ごめんなさい……荻堂せんせ……」
「はぁ……双葉」
師匠が鈴の方に右手を伸ばす。
鈴はビクッとした。ぶたれることを覚悟したのかもしれない。しかし、そんな予想は当たるはずもなかった。
ポフっと師匠の掌が鈴の頭にのる。
「双葉、おまえが無事で良かった。弟子を守るのが師匠の務めってやつだ。おまえが気に病むことを何もない」
「でも……」
「おまえらは、俺のエゴに付き合って、池袋駅ダンジョンに挑んで、あのクソヤローを倒してくれた。感謝こそすれ、恨みなんかしない」
「だって……あんたの足が……」
「俺の足?俺なら、足くらい動かなくたって最強だ。ははは」
はじめてみる。師匠の愛想笑い、冗談だった。
「……うぅぅ……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」
鈴は師匠に撫でられるがまま、涙が止まらなくなってしまった。
「あぁもう……なんだこいつ……調子狂うな。的場、なんとかしてくれ」
「は、はい。ぐすっ……鈴ちゃん、おいで?」
ゆあちゃんが鈴を抱きしめて椅子に座り直す。鈴はゆあちゃんの腕の中でポロポロと泣いていた。
「……ま、なんだ。おまえらが思ったより、俺のこと尊敬してたってやつだな!」
また、師匠がおちゃらけて見せる。
「シーン……」
「お、おい……」
「荻堂先生……滑ってます」
「そうですよ。さっきの鈴ちゃんに対する言葉はカッコよかったのに。台無しです」
桜先生と栞先輩は、笑いながら鋭いことを言ってみる。
「な、なんだよそれ……ああ!悪かったよ!俺は、こういう湿っぽいの苦手なんだよ!」
「……ぷっ」
「おい!咲守なに笑ってやがる!」
「だって……師匠……はは……」
師匠が、泣いているオレの頭をグジグジと鷲掴みにしてきた。大きな手、力強い手だ。オレが憧れた最強の男の手だった。
涙を拭いて、師匠のことを見る。
「オレ、師匠みたいに強くなります!」
「あ?俺みたいにだ?おまえには無理だ」
「なんでそんなこと言うんですか!?ひどい!」
「弟子は師匠に一生勝てねー。俺がそう決めた」
「絶対追いついてみせます!」
「寝言は寝て言え」
「……なんなのこいつら……マジでキモいんですけど……」
「お、泣き虫が調子を取り戻し始めたな」
「ノンデリおっさん、キモっ」
「荻堂先生だろうが!」
「うふふ、すっかり教師の顔になりましたね。荻堂先生」
「いや……これはだな……」
照れ臭そうに腕を組む師匠。その仕草を見て、オレたちはみんな、笑顔になることが出来た。
池袋駅ダンジョンを攻略して、大きな代償を払うことになったが、師匠の思いを無駄にしてはダメだ。やっとそう思うことができた。
その日、オレたちは、夜になるまで、くだらない話をし続けた。
♢
2週間後、驚異的な回復力を見せた師匠の退院の日がやってきた。医者曰く、「1週間昏睡状態だったやつとは思えない」とのことだ。
「師匠!車椅子押しましょうか!」
「あ?何時代の話だ。バカ弟子が」
空中にフワフワと浮く車椅子に乗った師匠が睨んでくる。すっかり、いつもの厳しい顔に戻っていた。
「あのときは、毒が抜けたみたいな顔してたくせに、あんたって、なんでいっつも怒った顔してんのよ」
「あ?」
「こわ~い。生意気言ってごめんなさーい。荻堂せんせー」
「このクソガキが……まぁいい。さっさと帰って次の作戦会議するぞ」
「作戦会議?」
「あ?おまえら、自分たちの目的忘れたわけじゃねぇだろーな?」
「えっと。でも、師匠は池袋駅ダンジョンを攻略するのが目的で……」
「あ?今更投げ出すかよ。おまえらが戦い続ける限り、サポートしてやる。それが師匠ってもんだろう」
「かっくい〜」
「うんうん!ゆあもそう思う!そういうこともっと言って欲しいな!」
「ふふ、荻堂さんも丸くなりましたね」
「なんだこのガキども……」
師匠がオレたちから逃げるように車椅子を前進させる。
オレたちは笑い合ったあと、尊敬する偉大な男の背中を追いかけることにした。
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