第79話 代償

《陸人視点》


「桜先生!師匠が来てくれてるってホントなんですよね!」


 オレは涙を拭いて立ち上がり、扉の方を見た。


『はい!だから!扉から離れて!荻堂先生が破壊してくれます!』


「はい!」


 不安で不安で仕方がなかったけど、オレはジッと扉を見つめる。すると、何の音も聞こえなかったのに、突然扉の上半分がこちらに倒れてきた。


 ガコン。扉の向こうに師匠がいた。


 すぐに鈴を抱いて、扉を飛び越えてこっちに来てくれる。そして、腕の中の鈴をオレに手渡してくれた。師匠に代わり、鈴をお姫様抱っこする。


「鈴!鈴!」


 目を閉じているので、不安になって揺さぶる。起きてくれ!


「……ん?陸人?なにここ?天国?」


 ガスマスクをつけた鈴がバカなことを言う。


「バカ!おまえは本当にバカだ!」


 たまらず、思い切り抱きしめた。涙が止まらなかった。


「鈴ちゃぁぁぁん!うあぁぁぁあ!!」


 ゆあちゃんもボロボロだ。ふらふらと近づいてきて、オレと一緒に鈴に抱きつく。鈴は、オレとゆあちゃんの涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってたと思う。


「ちょっと……あつくるしい……」


 泣いてるオレたちを見てか、師匠がグシグシと頭を撫でてくれた。両手で、オレとゆあちゃんの頭を。こんなことされたの、はじめてだ。そうだお礼を言わないと。


「師匠!ありがとうございました!鈴を助けてくれて!」


 顔を上げると、師匠はすごく優しい顔をしていた。いつもの厳しい顔が嘘のような表情だ。

 違和感に気づく。何もしゃべらない。


「あれ?」


 慣れないことをして、恥ずかしいのだろうか?


「……」


 それから、師匠は何も答えずに、鈴と栞先輩の頭を撫でてから、オレの肩を叩いて走り出した。


「あ!脱出ですね!みんな!行こう!」


「桜先生!師匠が来てくれました!鈴は無事です!」


 桜先生が操作するロボットに向かって抱いている鈴を見せながら話しかける。


『……うん』


 あれ?桜先生の声色が低いような気がする。


『……油断せず、全員で帰ってきて』


「はい!」


 気のせいだろうか?


 オレの前を走る師匠は、空から降ってくる瓦礫をバターでも斬るように叩き斬りながら先導してくれている。さすが師匠だ!さっきの扉だって、絶対に斬れないって思ったのに、それをあっさりと!オレもあんな風に強い男になりたい!


 目を輝かせながら走っていると、腕の中から気まずそうな声が聞こえてきた。


「ねぇ、わたし、自分で走れるわよ?」


 腕の中の鈴がもじもじ身をよじる。


「ダメだ!おまえは絶対安静だ!煙吸ったんだろ!バカたれ!」


「なによ、あんた……さっきもあんなに泣いて……別にあんた、わたしのこと、嫌いでしょ?」


「は?何言ってんだ?」


「だって……いつも憎まれ口ばっかで……」


「訳わかんないこと言うなよ。おまえは大切な仲間だ。いなくなったら死ぬほど悲しいし、助かって死ぬほど嬉しい。黙って安静にしとけ。バカ。あとアレ見ろよ!おまえを助けてくれた人だ!かっこいいよな!」


「……なによそれ……」


 それ以降、鈴は何も言わなくなった。


 そして、帰り道は師匠のおかげで、あっという間にゲート前まで辿り着いた。ものの数分だったと思う。


 師匠が先に入れと指で促すもんだから、オレたちが先にゲートをくぐる。


 外には、桜先生と救護班の大人が数人待ち構えていた。


「鈴さんをこっちに!」


「はい!」


 すぐに鈴をタンカに乗せる。


「いや、大袈裟なんだけど……」


「バカ!ちゃんと診てもらえ!」


「……それよりも、おっさんは?何で出てこないのよ?」


 タンカに横たわった鈴が、ゲートの方を見る。


「え?」


 ゲートの前には、師匠の姿が無かった。


「師匠?」


 チクリと不安が芽生える。


 でも、その不安は気のせいだったようだ。


 ゆっくりと、師匠がゲートの向こうから現れた。さっきと同じ優しい表情で、ゲートの前で足を止める。何故か、目をつむっていた。


「し――」


 声をかけようとした。


「荻堂先生!救護班!彼を最優先で!死なせないで!」


「え?」


 桜先生が駆け寄り、肩に触れると、師匠は、事切れたように桜先生にもたれかかった。救護班の人たちが酸素マスクのようなものを師匠につけて、地面に寝かせる。すぐに心臓マッサージが始まった。


「え?」


「呼吸なし!心肺停止!電気ショックいきます!離れて!」


 バツン!師匠の身体が跳ねていた。


 バタバタとたくさんの大人たちが師匠の周りを動き回る。


 オレたちは、その様子を呆然と眺めることしかできなかった。

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