第50話 賞金の使い道
鳴神先輩が、銀行員だというスーツの男たちから目線を外し、オレたちに向き直って口を開く。〈差し押さえ〉という不穏なワードについて、説明を始めてくれた。
「……実は、父が10年前にこの道場を建て替えるとき、すごい金額を銀行から借りたんです。当時、鳴神流は門下生も多く、余裕を持って借金を返していけるはずでした。ですが……」
「なるほど、9年前のダンジョン災害でお父さんが……」
「ええ、小日向先生の言う通り、ダンジョン災害で父が囚われてからは、門下生は減る一方。それはそうです。剣を教えれる師範が不在なのですから。今はもう、門下生は私しか残っていません……父の貯金や神社の収入でなんとかやりくりしてきましたが、それももう追いつかなくなってきて……」
「それで、差し押さえになるかもと……」
「はい……お恥ずかしい限りです……」
グッと、胸の前で拳を握りしめ悔しそうにする鳴神先輩。家族をダンジョンに囚われ、悲しいはずなのに、それでも道場を守ろうと頑張ってきた先輩は、素直にすごいと思った。そして、オレたちと同じ境遇にある彼女のことをほおっておくなんて、オレには出来るはずもはかった。
立ち上がり、銀行員に近づいていく。
「咲守くん?なにを?」
鳴神先輩には答えず、写真撮影や計測などを進めている銀行員に話しかけた。
「あの、すみません」
「はい。なんでしょうか?あなたは?」
「オレは咲守陸人、ダンジョン踏破者です」
「ダンジョン踏破者?あ、ニュースで拝見しました。えっと、その咲守さんが私共になにか?」
「この道場の借金、いくら残ってるんですか?」
「え?いえ、それは個人情報ですので……」
「先輩、いくらですか?」
「え?」
「教えてください」
「……なんとか父の貯金を切り崩して、でも、まだ1億は……」
「オレが払います」
「……え?」
「いいよな?ゆあちゃん、鈴」
「もちろんいいよ!」
「はぁ……別にいいけど。あんた、お人よし過ぎない?これで鳴神先輩に逃げられたらあんたピエロよ?」
「おまえって、ほんとひねくれたことばっか言うよな?鳴神先輩がそんな人だなんて、本気で思ってないくせにさ」
「……ふんっ!」
「え?え?オレが払う?まさか、うちの借金を?そんなのダメです……それに1億なんて大金、高校生がどうにかできる額じゃ……」
「先輩、ダンジョン踏破者には賞金が出るんですよ?」
オレは、ここぞとばかりにドヤ顔を作って見せた。
「なに得意げにしてんのよ。あんた、攻略するまで知らなかったでしょ」
「うふふ♪陸人くんはホントに可愛いですね♪」
「なんと!その賞金が!……いくらだっけ?」
「1億500万だよ、りっくん」
「そうそれ!なので!払えるのです!」
「え?……でも!仲間になって数日の私のためなんかに!なんで!そんなのおかしいです!」
「なんでとは?仲間だからなのでは?」
「え?」
「かっくい〜」
「うふふ♪」
「りっくんはやるときはやる男だから!」
首を傾げるオレと、それを不思議そうに、不安げな顔で見る鳴神先輩。なにが起きているのか、信じれない、という感じだろうか。
「そんな……でも……」
鳴神先輩は、まだ了承してくれない。オレたちとそこまでの関係性を築けていない、と思っているのだろう。なら、そんなに重く考えなくてイイと思ってもらうしかない!
「先輩!命懸けで背中を預け合う仲間に遠慮なんてしないでくださいよ!それにですね。このお金、正直、手に余ってたんです。何に使おうかなーって。だから、パーっと使っちゃいましょう!パーっと!」
「パーっとって、そんな……」
冗談でも言っているのかと、キョロキョロと周りを見る鳴神先輩。でも、オレたちが笑顔なのを見て、本気なのだと悟る。
「っ!?みんな……私……」
もう、先輩は泣きそうだった。
「先輩、お互い様ってやつですよ。これからもし、オレたちが大変な目にあったら、先輩が助けてくれればいい。いや、オレたちパーティはこれからまたダンジョンを攻略する。だからこのお金は戻ってくるんです。そのときまた、どう使うかみんなで考えましょう。貸し借りとかいいじゃないすか。オレたちは仲間なんだし」
にひひ、となるべく軽いことだと思ってもらえるように、おどけて笑ってみせた。それを見て、やっと、鳴神先輩が首を縦に振ってくれる。
「……咲守くん……お世話に……なります……」
やっと納得してくれた鳴神先輩。それでも申し訳ない気持ちがあるのか、それとも、お父さんの大切な道場を守れるとわかったからなのか、先輩の頬には、大粒の涙がゆっくりと流れていた。
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