2章 ダンジョンと刀
第32話 王子様と桜姫
記者会見が終わったあと、オレたちは自分の教室で待機するように言われた。しばらく待っていると、「さっきの発言はなんだ!」と教頭からお叱りを受けることとなった。「ダンジョンを攻略したのは立派だが、国営の高校である学生が報道の力で政府を動かそうとするのはけしからん!」とのことだった。
ま、これくらいのお叱りは想定通りである。オレたちはしょんぼりしたふりをして平謝りを続けた。
しかし、賽は投げられた。もう、報道による拡散は止められない。ネット上では様々な議論がされているようだが、概ねオレたちを支持する声が大きいようだった。左手のエニモで空中にモニターを映し、ネットの反応を見ながら2人に話しかける。
「てかさ、ゆあちゃんが手に入れたスキルって、もう使ったの?」
「ううん、まだ。なんか怖くて」
「そっか。なら、このあとうちで実験しようぜ。オレ、気になって気になって仕方なくって」
「賛成。戦力の把握は早い方がいいし、正直、わたしも早く見てみたい」
「わかった。なら、もう帰る?」
「そうだな。今日は授業免除ってことだし帰ろっか」
オレたちが帰り支度を始めたところ、教室のドアが開く。ドアの方をみると、桜色の長い髪の女性が立っていた。服装からして教師だろう。あれ?今日って授業ないんだよな?
その女性教師は、両手を腰の前あたりで握って、眉を下げ、少し不安そうな顔をしている。綺麗な桜色の髪は、腰にかかるくらいまで伸ばしていて、さらさらストレートだ。髪の一部を頭の右側でドーナツのようにまとめていて、その近くから三つ編みにした髪を垂らしていた。オシャレで可愛らしい女性だと思った。
服装は、制服ではない。ベージュの長袖ニットにシンプルなネックレス、カーキのロングスカートだ。かなり若く見えるけど、私服なので教師なんだよな?と予想できるが、見覚えがない先生だった。
「……誰だっけ?」
ボソリとゆあちゃんに質問する。
「えっと、たしか、教育実習生の……」
「突然ごめんなさい。少しいいですか?」
オレたちが顔を見合わせていると、その人が歩き出し、鈴を通り過ぎ、オレのすぐ前まで歩いてきた。オレよりも小さくて、ゆあちゃんと同じくらいだから160センチないくらいだろうか。
「え?えっと、オレたち、もう帰るんですが……」
「咲守陸人くん」
ジッと、緑色の瞳で見つめられる。
「え?あ、はい……」
「キミ、4年前、東京駅ダンジョンで大きな黒い狼を倒したでしょ?」
「え!?……んぐっ……」
突然のことに声が出てしまった。誤魔化そうとしたが、
「やっぱり……」
確信を与えてしまったようだ。
「陸人くん!」
「へ?」
両手をギュッと掴まれて、引っ張られる。
「おお?」
女の人の胸の中にオレの両手が誘導されてしまった。
や、やわらか……
「あのときは!助けてくれてありがとう!!ずっと探してたの!私の王子様!」
「王子様?」
「王子様?」
「王子様?」
教室の中に、高校生3人のまぬけなハモリ声が響いた瞬間であった。
♢
「さ、さっきはごめんなさい……」
教室の中、教育実習生の女の人は、恥ずかしそうに椅子に座って下を向いていた。
オレたちもその前に椅子を持ってきて、話を聞く姿勢をとる。
「王子様ってなんですか?あなた一体誰なんですか?りっくんとはどういう関係ですか?あ、ゆあは的場柚愛、りっくんの幼馴染です。幼稚園からずっと一緒で、家も隣で、りっくんはゆあを守ってくれるって言ってて」
「ちょ、ゆあちゃん?」
「ゆあ、黙りなさい」
「ぷー……」
鈴の静止で一応止まるゆあちゃん。しかし不満げだ。
「えっと、とりあえずお名前を聞いても?」
「あ、はい……私は小日向桜(こひなたさくら)、大学四年生で4月から教育実習でこの学校に来ています」
「そうなんですね。よ、よろしくお願いします?」
「はい!よろしくお願いします!私!陸人くんのためならなんでもするね!」
「な、なんでも?」
「りっくんはゆあのだから!」
隣のゆあちゃんが立ち上がって、なんか言っている。
「ゆあ、話が進まない。座りなさい。シッダウン!」
「がるるる……」
狂犬が飼い主に指示されて椅子に座る。
「えっと……小日向先生?は何故オレたちのところに?」
「それは、陸人くんに会いに来るため。私もキミの役に立ちたくって」
「ほほう?」
「つまり、あなたもダンジョン攻略に協力するってことかしら?」
「陸人くんがそれを望むなら!協力するわ!」
「あ、ありがとう?ございます?」
すごい勢いなので気圧されてしまう。それにしても、この人は何故にここまでオレのことを?
「あ〜……失礼ですが、どこかでお会いしましたっけ?それに、4年前とか、なんのことでしょ〜……ははは……」
オレはここにきて誤魔化そうとする。最後の抵抗のつもりだ。実はスキルホルダーでした、という秘密がバレるのは怖いのだ。どんな罰が待っているのかわからないからね。
「あのとき、私を助けてくれたのがキミだよ?黒い狼から、颯爽と、王子様みたいに」
「……」
なんのことだ?オレが彷徨うフェンリルを倒してスキルを手に入れたときのことを思い出す。そういえば、1人だけ女の人を助けれたような気がする。あの時、地面にへたり込んでいたのは――
「あっ」
「思い出してくれた!?」
「あー、オペレーターしてたメガネの人?」
「そう!それが私!」
もう一度、顔を見る。今はメガネをかけていないが、確かにこの綺麗な桜色の髪には見覚えがあった。
「あー……なるほど……」
終わった。もう誤魔化せない。
「私ね!キミのことは誰にも報告してないよ!」
「あ、ホントですか?」
「もちろん!王子様のこと売るなんてあり得ないよ!」
「ありがとうございます?あの……その王子様ってのは……」
「あ!ごめんね……私テンションあがっちゃって……」
「いえ……」
なんだか気まずくなって2人して口を閉じた。
「ねぇ?もうラブコメいいかしら?うんざりなんだけど?」
「鈴ちゃん!やめてよ!そのツッコミはゆあにだけして!」
「あんた自覚あったのね……まぁいいわ。とりあえず小日向せんせ、あなたもこいつの家に来てもらえるかしら?」
「ええ!?いきなりご両親にご挨拶!?私、心の準備が!」
「ちがうってば!ゆあ、この人連れてくの反対!」
「ゆあ、黙りなさい。ほら行くわよ。カモン!」
「もー!なんで鈴ちゃんは意地悪ばっかするの!ガルル!」
鈴が立ち上がり、ゆあちゃんが続く。
「オレたちも行きましょうか。小日向先生」
「あの、私のことは桜って呼んでほしいな?陸人くんには」
うるうると見つめられ、ドキッとする。
「……さ、桜、先生……」
「うふふ♪今は、それで我慢するね?いこっか」
右手を差し出される。何も考えずその手を取ると、そのまま手を引かれて教室を出ることになった。
扉から出たところで、キレ顔のゆあちゃんにえんがちょされたのは言うまでもないだろう。
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