第30話 解放された人たち

 ダンジョンを攻略したオレたちは、のんびりとした足取りで出口を目指していた。


 オレはというと、最後の肉弾戦でイイ一撃を足に貰ったせいでフラフラだった。右脚が痛くて上手く歩けないので、ゆあちゃんに肩を貸してもらっている。


「ごめんね。ゆあちゃんも疲れてるだろうに」


「ううん。りっくんが1番頑張ったんだから、大丈夫。……すごく、かっこよかったよ……」


「え?あ、ああ……うん……ありがと……」


 至近距離で、恥ずかしそうに赤くなりながら褒められたもんだから、オレも恥ずかしくなってしまう。

 てか、ゆあちゃんって、こんなイイ匂いしたっけ?いかんいかん、何を考えてるんだオレは。


「ん~……それにしても、ダンジョンを攻略すると、ホントにモンスターって消えるのねー。あと、ラブコメやめてもろて」


 鈴が両手を頭の後ろで組みながらストレッチしつつ隣を歩く。コイツもよく戦ってくれた。


「鈴もありがとな。おまえのおかげで短い時間で倒せたよ」


「短い時間?10時間が?あんたマゾなの?キモっ」


 うぇ〜、と舌を出して悪態をつかれた。このクソガキめ……


 オレたちは、談笑しながらダンジョンの出口へと歩いていく。事前情報通り、クリアされたダンジョンではモンスターに遭遇することなく、ゲートまで戻ってくることができた。


「やっと帰ってこれたー!さ!お家に帰ろ!」


「そうだね」


「そういえば、ゆあが手に入れたスキルってどんなのだったのよ?」


「あ!そうだよね!その説明もしておかないと!」


「お〜、やっぱトドメを刺した人がスキルを取得するんだね?」


「うん……なんかごめんね……りっくんが頑張ったのに……」


 なぜだか申し訳なさそうな顔をしてしまう。


「なんで謝るの?みんなで倒したんじゃん?それに、これで3人ともスキルホルダーだ!オレたち最強パーティだな!」


「りっくん……」


「はいはい、イチャイチャしてないで行くわよ」


 鈴が手をひらひらさせながらゲートをくぐる。


「もう!鈴ちゃんってば!」


 ゆあちゃんがプンプンしながら、歩き出したので、オレもそれに合わせてゲートを出た。


 ゲートを出た先は、すっかり夜の様相だった。オレたちは午前中にダンジョンに潜ったのだが、10時間以上ダンジョンの中にいたので、今は夜の21時くらいだろうか?

 ゲートを出た先には、教師陣が複数名、生徒会のメンバーが5人、それに多くの大人たちが待ち構えていた。なにやら、切羽詰まったような、緊急事態のような、焦った様子で話し合っていたが、オレたちが出てくるのを見て駆け寄ってくる。


「おまえたち!無事だったか!」


 ダンジョン攻略の実技訓練担当の教師が真っ先に声をかけてきた。焦った声だ。そうか、オレたちがいつまで経っても出てこないから、捜索隊の手配をはじめてくれていたのかもしれない。


「はい。全員無事です。この通り」


「咲守!何がこの通りだ!負傷してるじゃないか!治療班!このバカの治療を!」


「おおう……」


 ボロボロの姿を見て、怒られてしまった。先生にゆあちゃんの反対側の肩を支えられ、連行されそうになる。そのとき――


「ダンジョンが攻略されました。目白駅ダンジョンを解放します」


 というアナウンスがどこからともなく流れた。


 オレたち3人以外が空を見上げ、呆然とした顔をする。


 オレたちが立っているのは、駅のホームの外回り側だ。線路から向こうは、少し白みがかった透明な幕で覆われている。その幕が少しずつ、円の中心に向かって後退していった。

 線路がハッキリと見えるようになり、反対側のホームも見えるようになってくる。駅の中から幕がなくなり、人影が現れ、幕が通り過ぎた人たちから次々と動き出す。みんなキョロキョロと周りを見渡し、何が起こったのかわからない様子だ。


「さ、咲守……おまえたち……おまえたちが?」


 先生たちや生徒会の人たちがオレたちのことを見る。


「はい。オレたち3人で攻略しました」


 誇らしかった。堂々と宣言する。


「……」


 しばしの静寂。その静寂を破ったのは生徒会長だった。


「そんなまさか!?全員無事なんですか!?」


「え?ええ……一応無事ですね……」


「他のメンバーの方は!?」


「え?オレたち3人パーティなので……」


「たった3人で!?信じられない……」


 生徒会長はいたく狼狽しているように見えた。他の人たちも、心底驚いた顔をしている。


「ねぇ、それよりも、解放された人たちの対応、した方がいいんじゃない?ですか?」


 鈴が、動けずにいる教師陣に提案する。ホームの向こう側の人たちは、顔を見合わせ不安そうにしていた。早く何が起こったのか説明してあげた方がよさそうだ。


「あ、ああ……ああ!そうだな!救急と消防に連絡!それに政府にもすぐに!」


 その声を聞いて、大人たちがバタバタと動き出した。久しぶりのダンジョンの攻略、マニュアルはあっても、いざその通り動くには実例が少なすぎるのだろう。

 なぜなら、30駅あるダンジョンで、この9年間で攻略されたのは、これでたったの4駅目だからだ。


 オレの肩を掴んでいる先生は震えていた。こんな、ただの1年生がダンジョンを攻略して帰ってくるなんて、思ってもみなかったのだろう。もしかしたら、オレたち3人は死んだんじゃないかと話し合っていたのかもしれない。嬉しい誤算、というやつだろうか。


「咲守!的場!双葉!」


「はい!」

「なによ?」

「なぁに!先生!」


「おまえら最高だ!!」


 こうして、目白駅ダンジョンは攻略された。この駅に捉えられていた人は156人、その全員が命に別状なく解放されたのだ。


 このニュースは瞬く間に世間を騒がせることになる。駅から出て、救急車のところまで歩いてきたら、すでにニュース速報が流れていた。


【国立防衛大学附属高校の快挙!ダンジョン踏破者をまたも輩出!今回は犠牲者無し!】


 なんて報道が全てのチャンネルで行われていた。オレたちは、そんな報道を眺めながら、駅の外に停められた救急車で治療を受けさせてもらう。怪我をしているのはオレだけだったが、一応、全員診てもらってから、救急車の荷台に腰掛ける。

 ワガママを言って、しばらくそこで休憩させてもらうことにした。


 数十分もすれば、ダンジョンから解放された人たちの家族が駆けつけてくる。夫を見つけた妻が、母親を見つけた子どもたちが、泣きながら駆け寄り、抱きついてゆく。

 オレたち3人は、その様子を静かに見守っていた。


「……ゆあたちが助けたんだよね……あの人たちを……」


「ああ……」


「すごいこと……したんだね……」


「ああ……」


「……いつか、わたしたちも、自分たちの家族を助けましょう」


 鈴が決意を込めた眼差しで宣言する。


「ああ!」

「うん!」


 オレたちは手を繋ぎ合って、これからのことを誓い合った。

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